夏は山歩き、秋から春は古墳中心の遺跡巡り。主に筑後地区ですが、いつかは、全国へ・・・

まだ春の古墳ですが・・・

古墳探索の季節まで、もう少し・・・
春、探訪の古墳を振り返っています。

大牟田市大字甘木

甘木山古墳群

何度も訪れていますが、今回は説明板が変わっていました。
甘木山古墳群 (1) 甘木山古墳群

雨のため1号墳と2号墳しか、撮影していませんでした。
甘木山古墳群 (2) 甘木山古墳群 (3)

大牟田市大字甘木

望谷古墳

甘い山の麓、民家の庭にありますが、お留守でしたので、以前撮影したものを
望谷古墳 (4) 望谷古墳 (3)

望谷古墳 (2) 望谷古墳 (1)

みやま市瀬高町長田

水上小石棺

学校内に入れませんでしたので、これも以前のもの
水上小石棺 (2) 水上小石棺 (1)

八女郡広川町大字広川

登路露古墳

鏡石のみ今回撮影。
登路露古墳 (1) 登路露古墳 (2)


雨にたたられましたが、楽しい古墳散策でした。

来月からは、いよいよ装飾古墳の公開も始まります。
待望の季節到来ですが、本格的には、12月かな~

萩ノ尾古墳

大牟田市萩尾町2丁目

萩ノ尾古墳

春の装飾古墳を巡る旅の、装飾古墳の締めは萩ノ尾古墳でした。
萩尾古墳 (5)

萩尾古墳 (4)

萩尾古墳 (7)

萩尾古墳 (3)

平成23年訪問時は木の根が侵入していました。
萩尾古墳 (1)

今回は、邪魔されることなく装飾が見られました。
萩尾古墳 (2)

いつ見ても鮮やかです。
萩尾古墳 (8)

右側のゴンドラ形の舟が全部、見えないのが残念です。石棚の下の半円状のもの。円文かも?
萩尾古墳 (6)

装飾古墳ではありませんが、色々な古墳も訪問しました。ついでの時に・・・・

祝 !!!  宅ケ峰古墳

平成25年12月27日の西日本新聞の記事

宅峰中 (1)

中学校の校名に、地元でもあまり知られていない古墳名を付けるという英断。
”ケ”は無いようですが・・・

宅ケ峰古墳

羨道も残っています。(写真は平成20年3月)

宅ケ峰古墳 (1) 宅ケ峰古墳 (2)

以前の記事

これを機会に、扉が開かれるといいのですが。
 

長者岩

大牟田市岩本

長者岩

古墳ではありませんが、白銀川沿いの田んぼの中に、巨大な花崗岩の2つ岩があります。
長者岩 (1)

長者岩 (3)

大きい方は高さ3m、奥行3.5m、長さ6mほどです。
地中に埋まっている部分を想像すると、その巨大さに驚愕です。

長者岩 (2)

岩本という地名もこの岩から来ているそうです。
この地方の長者の庭だったのが、今は田んぼになり、庭石だけが残ったのだとか・・・

これも装飾? 石亀城古墳蓋石

大牟田市宮崎。亀崎から怒縄田へ通ずる県道沿いにある石碑。

大正11年に建立された日清、日露、日独の戦争従事者に対する記念碑です。

石亀城古墳蓋石 (5)


この石碑に、北方300mほどの石亀城古墳の石棺の蓋石が転用されています。

碑文の部分は加工されていますが、その周辺部は本来の状態が保たれているそうです。
石亀城古墳蓋石

この石碑に、二直線が直交した×状を中心に、直線も含め、60~70個ほどの陰刻があったようです。拡大して見つけてみてください。

これかな~という左下の直線、右上の×。最上部にもそれらしき・・・
石亀城古墳蓋石 (3) 石亀城古墳蓋石 (2)

この石碑の裏側。こちらの方が線刻らしいのですが。
石亀城古墳蓋石 (4)

大牟田市史によると、碑文側に朱があったようで、石棺の内側にあたるのは碑文側になり、裏側は装飾ではないようです。

雨ざらしの状態の、この石碑もすでに、朱は確認できないし、線刻も見えづらくなっている。
この石材、長さ150cm、幅95cmほどですので、蓋石はまだあるはず。
この行方がわかれば新しい発見も。
石亀城古墳も消滅となっていますが、まだこの目で確認していません。それらしき森は残っているようですので、いつか探索せねば。
そもそも、装飾なのか、という疑問も・・・
プロフィール

筑後国造

Author:筑後国造
遺跡、特に古墳、山登り、地図そして高いところが大好き。郷土の先人、筑紫国造磐井様より一部名前を拝借しております。

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