夏は山歩き、秋から春は古墳中心の遺跡巡り。主に筑後地区ですが、いつかは、全国へ・・・

弘化谷古墳公開


弘化谷古墳

広川町の古墳まつりに伴い、弘化谷古墳の石室が公開されました。

弘化谷古墳 (8) 弘化谷古墳 (2)

石屋形
弘化谷古墳

湿気の反射と、褪色により、装飾はほとんどわかりません。
弘化谷古墳 (10)

こふんぴあ広川のレプリカ
弘化谷古墳 (3)

石屋形の天井  連続三角紋が良好に残っています。
弘化谷古墳 (1)

左上の靫は何とか、その右の靫の緑の縁取りもかろうじて・・・
弘化谷古墳 (9)

左中央の同心円文も何とか、その右に緑の三角紋の中央の赤い点も・・・
緑の三角紋の上に、赤や緑の装飾らしきものが・・・  この辺りに2つの双脚輪状文があるのですが・・・
残念ながら、その部分の拡大写真がうまく撮れていませんでした・・・
弘化谷古墳 (7) 弘化谷古墳 (5)

右上の三角文や台形状の赤い装飾。右下の三角文等は、ほとんどわかりません。
弘化谷古墳 (4) 弘化谷古墳 (6)

春の方が、装飾はよく見えるそうです。

古墳石材転用

今回訪問した広川インター周辺の古墳群。
ほとんどが石材を抜かれていました。
記録によると、”石室石材は持ち出され、転用されている可能性あり”と、あります。

転用例は今まで紹介した中にも

久留米市三潴町の五十町古墳 弓頭神社前の記念碑に
五十町古墳石碑


大牟田市の石亀城古墳 近くの戦没記念碑に
石亀城古墳石碑 (3)

八女市の鶴見山古墳  八女公園の慰霊碑に
鶴見山石碑


みやま市高田町の岩畑古墳 竹飯八幡宮の記念碑の中段の助石に
竹飯八幡 (2)


しかし、なんといっても広川町の消滅した植松古墳群近くの民家の石垣
植松古墳石材 (2)

これらは明らかに、そのままでは・・・???
植松古墳石材 (1)

登露路古墳

八女郡広川町広川字登露路

登露路古墳

墳丘の一部残存の円墳

背後は東山古墳群のある丘陵です。
登露露古墳 (3)

夏に撮ったものですが、古墳の石材と思われます。
登露露古墳 (1)

夏訪問時には、気づきませんでしたが、奥には奥壁(高さ1.9m 幅2.1m)が残っていました。
登露露古墳 (2)

後口古墳群

東山古墳群を、さらに東へ

今まで、北側からばかり眺めていましたので、ここを後口古墳群と思っていました。
ここにも鍋山古墳があるようですが、”消滅、古墳らしき痕跡もなし”とありましたので探索せず。
後口


後口古墳群は、実際は池を挟んだ、もう一つ奥の丘陵でした。
東より見ると、右が勘違いしていた鍋山古墳のある丘陵。左のネットの奥が、後口古墳群の丘陵。
撮影場所は次に訪問した鬼塚古墳群より。鬼塚古墳群は更地となり、跡形もありませんでした。
こふんぴあ広川に展示してある銀象嵌柄頭が出土した鬼塚2号墳(こふんぴあでは1号墳と記載)もこの一角にあったのでは?
後口 (2)


八女郡広川町新代字後口

後口古墳群

地図に従い、池のそばを探すのですが何も無し・・・

あきらめて、鬼塚古墳群へ移動するため、丘陵を登るとそこに高まりが・・・
随分とずれていました。

1号墳
径16mの円墳
後口1

南側へ回ると、石室はごっそりと抜かれていました。
後口1 (2)


さらに東へ30m

2号墳
径17mの円墳
後口2 (2)

記録では、頂部陥没になっていますが、こちらも石材さえ残らないほど、えぐり取られていました
後口2 (1)

後口古墳群では石材を一つも、見かけることさえできませんでした。
鬼塚古墳群のように、完全消滅に比べれば、墳丘が残っているだけでもよしとせねば・・・  

東山古墳群 3号墳の謎?

八女郡広川町広川字東山

東山古墳群

九州自動車道 広川インターの南の2つの丘陵にあります。今回は山の前古墳群より、南側の丘陵から入りました。
8基の古墳が確認されていますが・・・   大雑把すぎる地図を頼りに・・・
東山古墳群 (4)  東山古墳群 (3)

8号墳
径16mの円墳 丘陵中腹 頂部陥没となっていましたが、石室はえぐり取られていました。
墳丘と無残な石室跡
東山8 (3)  東山8 (1)

かろうじて、奥壁らしきものと、羨道部の石材が一部残っています。
東山8 (2)  東山8 (4)

7号墳
径18mの円墳で丘陵頂上にありますが、まさに頂部陥没。小さな石材は見られものの大半の石材が抜かれています。
東山7 (3)  東山7 (5)

6号墳
径16mの円墳
墳丘と陥没した頂部
東山6 (1) 東山6 (2)

地図には、南側丘陵には6~8号墳しかありませんが、古墳らしき高まりもいくつか・・・
東山6 (3) 東山東丘陵 


北側丘陵には1~5号墳がありますが、地図では、1、5号墳は消滅、場所が特定できず、2号墳は消滅、石材散乱と・・・

以下は、調査が行われた3,4号墳以外は、現場で目にした古墳、陥没した頂部、散乱した石材らしきものです。
遺跡地図よりも数が多くなってしまいますが・・・


東山西丘陵 (1) 東山西丘陵 (2) 

東山西丘陵1 (2) 東山西丘陵1 (1) 

東山西丘陵1 (4) 東山西丘陵1 (3) 

さて、調査された3、4号墳は

3号墳(調査書より)
この地方に多い三味線胴張の石室のようです。
東山古墳群 (1)

奥壁前には、石障により屍床も作られていたようです。
東山古墳群 (2)


現状は・・・
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筑後国造

Author:筑後国造
遺跡、特に古墳、山登り、地図そして高いところが大好き。郷土の先人、筑紫国造磐井様より一部名前を拝借しております。

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