夏は山歩き、秋から春は古墳中心の遺跡巡り。主に筑後地区ですが、いつかは、全国へ・・・

芋払古墳群(3)

4号墳(仮称)

さらに尾根を山の方へ
4号墳 (1) 4号墳 (9)

羨道の左側壁は崩壊 天井部もなし
4号墳 (8) 4号墳 (7)

玄室入口  
4号墳 (1) 

奥壁
4号墳 (2)

側壁
4号墳 (4) 4号墳 (3)

玄室 出口  天井
4号墳 (2) 4号墳 (5)

羨道
4号墳 (5) 

夫婦木川の対岸にもう1基現存しているはずでしたが・・・
遺跡地図の場所は断崖絶壁・・・
上流から渡り、周辺の緩斜面を探索しましたが、見つからず・・・
丘陵の上部へ続く、果樹園の荷物を運ぶレールがありましたが、藪状態でしたので途中で断念。
いつか、もう一度と思いながら、斜面を滑り落ちていきました・・・




芋払古墳群(2)

2号墳(仮称)

1号墳のすぐ南

前室入口  羨道部分は消滅しているようです。   後室入口にお地蔵さん。
芋払2号墳 (1) 芋払2号墳 (3)

後室は崩壊状態で、側壁の一部が残り、石材は散乱しています。
芋払2号墳 (4) 芋払2号墳 (2)

少し離れた所にあるこれらも古墳の石材のようです。
芋払2号墳 (5)

3号墳(仮称)

玄室部分しか残っていません。  奥壁
芋払3号墳 (1) 芋払3号墳 (5)

側壁
芋払3号墳 (3) 芋払3号墳 (4)

古墳?

さらに山の方に、行くと 墳丘らしきもの。石室の痕跡はないのですが、気になる石材が・・・
芋払古墳群 (2) 芋払古墳群 (1)

さらに、登ると 天井石らしきもの
芋払古墳群 (3)



芋払古墳群(1)

久留米市草野町草野

芋払古墳群

久しぶりの訪問

以前はなかった古墳の案内板ができていました。11基が確認されていますが、現存と消滅の数は合いませんので、現況に合わせて、号数も仮とさせていただきます。
芋払1号墳 (1)

1号墳

すぐに開口した古墳が・・・   古墳の名称は不明のため仮に1号墳とします。
芋払1号墳 (3) 芋払1号墳 (2)

羨道の左側壁は崩壊
芋払1号墳 (12) 芋払1号墳 (13)

前室の右側壁も崩壊
芋払1号墳 (14) 

狭い後室
芋払1号墳 (5)

天井も低い
芋払1号墳 (6)

側壁  石積は丁寧とは言えませんが・・・
芋払1号墳 (8) 芋払1号墳 (7)

袖石
芋払1号墳 (17) 芋払1号墳 (16)

芋払1号墳 (11) 芋払1号墳 (10)

前室を後室より
芋払1号墳 (4) 芋払1号墳 (9) 

石室入口
芋払1号墳 (15)

芋払古墳群では、盟主的古墳のようです。


隈山古墳その後

久留米市国分町隈山

隈山古墳群

消滅した古墳の跡に、古墳の説明板が設置されました。
隈上古墳 (1)

隈上古墳 (3)

隈上古墳 (4)

平穏な頃
隈上古墳 (9)

調査により、明らかになった2号墳
隈上古墳 (6)

胴張三味線が顕著な古墳でした。
隈上古墳 (7)

3号墳  2号墳の調査の過程で発見されました。
隈上古墳 (8)

 消滅を免れた4号墳、5号墳
隈上古墳 (5) 隈上古墳 (2) 

調査中の4号墳  5号墳には気づきませんでした。
隈上古墳 (10)

出土した「くちなし玉」
隈上古墳 (11)

手前のトンネルの上にあるのですが、工法から一旦、古墳を含めた丘陵を撤去し、トンネルを造ったそうです。
何とか残せなかったのでしょうか・・・  せめて石室の復元、石材だけでも置いていただくと実感できるのですが・・・
隈上古墳 (12)

隈山古墳については、こちらで6回に亘って詳しく説明しています。

十連寺古墳と宮地嶽神社

久留米市三潴町西牟田

十連寺古墳

十連病院の敷地内に保存されています。
宮地嶽神社 (3)

宮地嶽神社 (9)

以前は石室の積石や石室内の赤色顔料も確認できたそうですが、今は窺い知ることもできません。
宮地嶽神社 (7)

この古墳の墳丘上に神社があります。
宮地嶽神社 (6)

墳丘を登ると
宮地嶽神社 (5)

宮地嶽神社です。この神社が重要な神社かもしれません。
宮地嶽神社 (4)

古墳のそばの公園に展望台があり、360度の眺望。写真は鳥栖方向。残念ながら、撮影時は単に、四方を撮っただけの1枚。
もう少し詳細に撮影しておけば・・・
宮地嶽神社 (1)

真北には、鳥栖市の朝日山頂に宮地嶽神社。
宮地嶽神社 (8)

さらに真北には、福津市の宮地嶽神社。
宮地嶽神社 (2)

宮地嶽神社が南北に繋がるラインのようです。
この十連寺古墳は、筑紫君磐井一族が眠る八女丘陵の最西端。そして、そこには磐井一族に関連する宮地嶽神社。
さらに、チェリーさんから、馬見山とのラインの指摘も・・・

さらに、さらに侑子様からの情報。古代山城サミットのイベントの際、大宰府から鞠智城までの烽火リレーが、朝日山から十連寺公園を経由してみやま市の女山へ伝わったとか・・・

女山の方向  約10.5km先の烽火は十分見えたことでしょう。
十連寺公園

ちなみに、女山から約12・5kmほど離れた久留米市の成田山の観音さまの方向の久留米市の焼却場の煙が見えました。
女山 (1)

佐賀方向を見ると、朝日山より西ですが、約23キロ離れたみやき町中原の、綾部神社そばの長崎自動車道の橋脚も見えます。カメラで拡大しているとはいえ、気象条件の良かった古代では、これくらいの距離でも、烽火の確認はできたのではないでしょうか。
女山 (2)

謎が深まるばかりです。


再訪問せねば・・・
プロフィール

筑後国造

Author:筑後国造
遺跡、特に古墳、山登り、地図そして高いところが大好き。郷土の先人、筑紫国造磐井様より一部名前を拝借しております。

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