夏は山歩き、秋から春は古墳中心の遺跡巡り。主に筑後地区ですが、いつかは、全国へ・・・

御塚古墳・権現塚古墳

御塚・権現塚古墳 (1)

御塚・権現塚古墳 (6)

久留米市大善寺町宮本

御塚古墳

帆立貝式前方後円墳   周濠を含め全長123m 三重の濠が巡っています。
御塚・権現塚古墳 (9)

御塚・権現塚古墳 (8)

御塚・権現塚古墳 (5)

周濠
御塚・権現塚古墳 (4)

権現塚古墳

全長150mの円墳
御塚・権現塚古墳 (10)

御塚・権現塚古墳 (2)

御塚・権現塚古墳 (3)

権現塚古墳出土の人物埴輪  所蔵していた大善寺小学校を訪ねましたが、現在は埋蔵文化センターに移っていました。
権現塚古墳
(大善寺校区の文化財マップより)

古墳周辺には、まだ埴輪の破片があります。
御塚・権現塚古墳 (7)

西鉄電車も見つめる古墳です。
御塚・権現塚古墳 (13)



40年ほど前と比較してみても、周囲を含め、あまり変わっていないようで安堵。後世に残ってほしい古墳です。
御塚・権現塚古墳 (14)

御塚・権現塚古墳周辺の古墳 三潴町編

御塚・権現塚古墳は”水沼の君”の墳墓とする説があります。
その水沼の里、三潴町の古墳です。

烏帽子塚古墳

大きな前方後円墳だったようです。
烏帽子塚古墳 (1)

烏帽子塚古墳 (2)

高良御廟塚古墳

径20mほどの円墳でしたが、貝殻に覆われて白い塚だったようです。
高良御廟塚 (3)

高良御廟塚 (2)

白い貝殻が残っています。
塚崎貝塚

吹上古墳

円墳  石材が残っています。
吹上古墳 (1)

天井石
吹上古墳 (5)

石材があちこちに
吹上古墳 (4)

西鉄電車に墳丘の一部が削られています。
吹上古墳 (3)

五十町さん古墳(五十丁古墳)の石材達

古墳は消滅していますが、石材は三潴町で一番多く見られます。
弓頭神社前の記念碑。 よ~く見てみると・・・  すべて、古墳の石材の組み合わせです。
 五十町さん古墳 (2)

大正5年に、五十丁古墳の石材を寄せ建設したことが書かれています。
 五十町さん古墳 (1)

裏畑古墳

円墳
裏畑古墳 (2)

石棺の一部が露出しているとのことですが、まだお目にかかっていません。
裏畑古墳 (1)

早津崎御廟塚古墳

早津崎御廟塚古墳 (3)

すぐそばには、気になる石が・・・
早津崎御廟塚古墳 (2)

山伏塚古墳

このあたりか?
山伏塚古墳

高三潴六反田古墳

このあたりか?
六反田古墳


御塚・権現塚古墳の周囲で、今でも何らか痕跡がある古墳を紹介してみました。
時代は考慮していません。
他にもたくさんの古墳がありましたが、行ってみると、ただの田畑、住宅となっていることに、改めて無念の思い。
しかし、五十町さん古墳のような保存の仕方に、先人の思いも・・・

御塚・権現塚古墳周辺の古墳 大善寺町編

久留米市大善寺町宮本

銚子塚古墳

このあたり。径80mほどの前方後円墳で、二重の環濠が巡らされていましたが、消滅して住宅地になっています。
銚子塚古墳 (5)

しかし、この先の後円部跡へと、少しだけ高くなっています。
銚子塚古墳 (1)

前方部跡のこのあたりも少しだけ高くなっています。
銚子塚古墳 (2)

道路の微妙なカーブ。環濠か墳丘の形のような?
銚子塚古墳 (4) 銚子塚古墳 (3)


天皇屋敷古墳

少しだけ高まりが残っています。 古墳の名称は天皇の屋敷があった場所のようですが、九州王朝論の天皇?
天皇屋敷古墳

村南古墳

このあたり? 消滅しています。
村南古墳

剣塚古墳

このあたり? 径20mほどの円墳で、小口積石の石室があったようですが、消滅しています。
剣塚古墳

糖尾古墳群

1号墳(奥の院古墳) 

このあたり? 古墳らしき高まりはありませんでした。
糠尾古墳群 (2)

2号墳(朝妻社古墳) 

現在畑。 5年ほど前に調査が行われています。
糠尾古墳群 (3) 

調査報告書より
糠尾古墳群 (1)


糠尾古墳群の糠尾南、西、東古墳、向松古墳はただの田んぼになっていました。
御塚・権現塚古墳の周辺にあったと言われる”イロハ塚”は、すぐそばの筑邦西中学校にあった烏塚古墳群を含め、今回紹介した古墳かもしれません。

御塚・権現塚古墳周辺の古墳 安武町、荒木町西部編

スカイトレッカーさんから御塚・権現塚古墳周辺の古墳についてのお尋ね。
この時、御塚・権現塚古墳という地元の重要な古墳について、今まで触れていなかったことに気づきました。
これを機会に、大善寺、安武地区を再訪問してみました。

御塚・権現塚古墳の周辺のほとんどの古墳が、田畑、住宅地で完全消滅。
その中で、少しでも痕跡があるものを紹介してみます。

久留米市安武町安武本

追分古墳

県道23号線沿いの祠
追分古墳 (3)

祠のそばに巨石
追分古墳 (4)

天井石らしきものに、”追分古墳の跡”の文字   古墳自体は消滅していますが・・・  ガラス製小玉、鉄刀等が出土しています。
追分古墳 (1) 追分古墳 (2)


往還西古墳

墳丘はありませんが、田んぼより少し高まりがあるのがわかります。
往還西古墳 (2)

古墳跡には納骨堂
往還西古墳

古墳の石材に見えますが?
往還西古墳 (1)



久留米市荒木町白口

向定覚古墳

現状は畑で、高まりも見られません。馬具が出土したそうです。
向定覚古墳


池の内古墳

納骨堂のそばにあったはずですが、現状は畑でした。
池の内古墳

芋払古墳群(3)

4号墳(仮称)

さらに尾根を山の方へ
4号墳 (1) 4号墳 (9)

羨道の左側壁は崩壊 天井部もなし
4号墳 (8) 4号墳 (7)

玄室入口  
4号墳 (1) 

奥壁
4号墳 (2)

側壁
4号墳 (4) 4号墳 (3)

玄室 出口  天井
4号墳 (2) 4号墳 (5)

羨道
4号墳 (5) 

夫婦木川の対岸にもう1基現存しているはずでしたが・・・
遺跡地図の場所は断崖絶壁・・・
上流から渡り、周辺の緩斜面を探索しましたが、見つからず・・・
丘陵の上部へ続く、果樹園の荷物を運ぶレールがありましたが、藪状態でしたので途中で断念。
いつか、もう一度と思いながら、斜面を滑り落ちていきました・・・




プロフィール

筑後国造

Author:筑後国造
遺跡、特に古墳、山登り、地図そして高いところが大好き。郷土の先人、筑紫国造磐井様より一部名前を拝借しております。

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