夏は山歩き、秋から春は古墳中心の遺跡巡り。主に筑後地区ですが、いつかは、全国へ・・・

十連寺古墳と宮地嶽神社

久留米市三潴町西牟田

十連寺古墳

十連病院の敷地内に保存されています。
宮地嶽神社 (3)

宮地嶽神社 (9)

以前は石室の積石や石室内の赤色顔料も確認できたそうですが、今は窺い知ることもできません。
宮地嶽神社 (7)

この古墳の墳丘上に神社があります。
宮地嶽神社 (6)

墳丘を登ると
宮地嶽神社 (5)

宮地嶽神社です。この神社が重要な神社かもしれません。
宮地嶽神社 (4)

古墳のそばの公園に展望台があり、360度の眺望。写真は鳥栖方向。残念ながら、撮影時は単に、四方を撮っただけの1枚。
もう少し詳細に撮影しておけば・・・
宮地嶽神社 (1)

真北には、鳥栖市の朝日山頂に宮地嶽神社。
宮地嶽神社 (8)

さらに真北には、福津市の宮地嶽神社。
宮地嶽神社 (2)

宮地嶽神社が南北に繋がるラインのようです。
この十連寺古墳は、筑紫君磐井一族が眠る八女丘陵の最西端。そして、そこには磐井一族に関連する宮地嶽神社。
さらに、チェリーさんから、馬見山とのラインの指摘も・・・

さらに、さらに侑子様からの情報。古代山城サミットのイベントの際、大宰府から鞠智城までの烽火リレーが、朝日山から十連寺公園を経由してみやま市の女山へ伝わったとか・・・

女山の方向  約10.5km先の烽火は十分見えたことでしょう。
十連寺公園

ちなみに、女山から約12・5kmほど離れた久留米市の成田山の観音さまの方向の久留米市の焼却場の煙が見えました。
女山 (1)

佐賀方向を見ると、朝日山より西ですが、約23キロ離れたみやき町中原の、綾部神社そばの長崎自動車道の橋脚も見えます。カメラで拡大しているとはいえ、気象条件の良かった古代では、これくらいの距離でも、烽火の確認はできたのではないでしょうか。
女山 (2)

謎が深まるばかりです。


再訪問せねば・・・
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筑後国造

Author:筑後国造
遺跡、特に古墳、山登り、地図そして高いところが大好き。郷土の先人、筑紫国造磐井様より一部名前を拝借しております。

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