夏は山歩き、秋から春は古墳中心の遺跡巡り。主に筑後地区ですが、いつかは、全国へ・・・

妻山古墳群 中(2)

妻山7号墳

6号墳の墳頂から西へ行くと、天井石が露出した7号墳へ・・・
その間に、古墳の境目らしきものがありません。

墳丘がかなり削減されていますが、蕨手さんが主張されるように、6号墳と7号墳は前方後円墳の前方部と後円部のように思えます。石室入口はこの辺りですが、開口していません。
7号墳 (1) 7号墳 (3)

しかし、 石室の天井石が失われ、横長の石室がのぞけます。
7号墳 (17) 7号墳 (2) 

石室はT字型で奥壁が長く、側壁が短くなっています。
7号墳 (12) 7号墳 (13) 

右側壁と左側壁
7号墳 (5) 7号墳 (8)

側壁から天井部へ
7号墳 (6) 7号墳 (7)

中央から、東よりの玄室入口、右側壁と左側壁と左袖部
7号墳 (11) 7号墳 (9)

玄室入口と羨道 土砂で埋まっています。
7号墳 (19) 7号墳 (18)

奥壁   横長で、1枚の写真には入りませんでした。
7号墳 (15) 7号墳 (14)

左袖部
7号墳 (16) 

さて、この石室内に多数の線刻があります。次回
コメント
No title
私も前方後円墳説に賛成ですが前方後円墳の前方部にT字型石室があった例があったでしょうか。
左右の幅が極端に違うこともあってL字型+副室の方が適切じゃないかと思うんですけどね。
またその方が前方部説を補強することになるかなと思います。
6号が独立した墳丘なら石室をあんな風に折り曲げる必要性はないけど
前方部だと幅に制限があるから真っ直ぐな石室なら背後に突き出てしまう
それで折り曲げたかなと思うんですがどうでしょう。

ちなみに石室は一人で入ったんでしょうか、それなりに準備をしていったんでしょうか。
2015/09/01(火) 10:34 | URL | 平家蟹 #VD0bvtlU[ 編集]
平家蟹さん、鋭いご指摘ありがとうございます。

詳細は何とも言えませんが、石室内に入ってみた感じでは、明らかにT字型だと思います。
左右対称ではないのが、気になりますが・・・

石室には、長い脚立を準備し、蕨手さん、SKYさんと3人で慎重に入りました。
2015/09/01(火) 20:21 | URL | 筑後国造 #-[ 編集]
申し訳ありません。
故郷の遺跡を筑後国造様のHPで見つけ嬉しくなり、

ついついコメントしてしまいましたが、

他の記事や皆様のコメントを読ませていただき、

私の様な素人がコメントするのは失礼な気がいたします。

もう少し勉強しなおします。



追伸:

皆さまは、どうしてこんなに古墳の場所やデータ等をご存じなのでしょうか?

白石町の場合ですが古墳の場所など地元の人間にも周知されていない

と思いますが・・・
2015/09/02(水) 23:10 | URL | 今ではおっさん。 #X.Av9vec[ 編集]
今ではおっさんさんへ。
とんでもありません。
色んな人の訪問、コメントに支えられ、更新できています。
自己満足の部分が多いのですが・・・

今回、白石町を取り上げる切っ掛けは、まさに”今ではおっさん”さんのコメントでした。予定では、別の地区を考えていましたが、杵島山麓を訪問した際の感動を呼び戻させていただきました。
まだ紹介しきれていない、整理できていない、さらに見つけていない興味深い古墳がある地区ですので、これから何度も訪問するでしょう。

方針として、有名な古墳よりも、マイナーであまり取り上げられていない古墳を中心に紹介していますが、同時に雑多な、無関係の内容も多いような気もします。それに、専門的知識はありませんので、写真を多く載せています・・・

気軽に訪問し、コメントいただければ、活力となります。

白石町については、町内に多くある肥前鳥居のある神社を訪れ、ついでに図書館で町史を読み、周辺の古墳を調べ、再び現地へ。
そして、武雄市との境にある箕具崎古墳の装飾と偶然出会い、妻山他の古墳へと続きます。

白石町で探索予定の古墳がいくつかありますが、”今ではおっさん”さんの実家のそばの古墳もその中に入っているかも・・・

他の地区でも同様ですが、7割くらいは空振りです。消滅していたり、見つけられなかったり、失意の内に帰ることの方が多いのですが、見つけた時の感動が再び活力となります。

これからも、アト-ランダムに各地の古墳、たわい無いこと、を載せると思いますがよろしくお願いします。
2015/09/03(木) 05:22 | URL | 筑後国造 #-[ 編集]
ありがとうございます
お言葉にあまえて今後ともよろしくお願いします。


先日、帰郷した折に押入れをガサゴソと捜索しましたら、

30年前の竜王崎古墳群の写真が数枚出てきました。

筑後国造さんの記事と比べても、案内板が綺麗になっている位

しか変化は感じられませんでしたね。

メモには6号墳が草に埋もれて写真を撮れないと走り書きが・・・

それに、裏山で拾った黒曜石の欠片が数点。メモには矢じりか?
と書いてました。





あと、同じく30年前の久保泉丸山遺跡の写真も数枚発見。

筑後国造さんの記事と比べると、移転直後と思われ「石」の色がかなり違いました(笑)

それと、2号墳の屍床には鉄剣と勾玉のレプリカが写っていました。

メモには8号墳が見つからないと走り書きが・・・



幼年時代の字をみてちょっと恥ずかしくなりました。
2015/09/06(日) 02:01 | URL | 今ではおっさん。 #X.Av9vec[ 編集]
貴重な写真、大事になさってください。

私も、今は消滅してしてしまった古墳の写真は、貴重なものになっています。

学生の頃撮った写真が見つからないのが残念です。

今後もよろしくお願いします。

2015/09/06(日) 15:00 | URL | 筑後国造 #-[ 編集]
石室構造について
確かに左右対称ではありません、長さの比は 左:右=2:1 程度で、入った印象としては Т ですが L型を見たことないので何とも言えません。確かに現在の墳丘で6号石室様に縦長の構造にすると収まり切れないだろう感はあります。 
奥壁と、右壁の石材は小さめ石材の積み上げ、玄門と前壁と左壁には大きめの腰石を据えているのが、違いがありますが、幅に差は無く、仕切り等もありませんでした。
埋まっているので室床の施設を見ないとはっきり言えませんね。後円部石室の埋葬者を とても意識している姿勢は強く感じます。 
ここも、詳しく調査してもらうよう依頼したい気持ちですね。

ところで、詳しい画像等投稿して頂いて有難いです。私の方は更新が遅れていますのでで、シェアやトラックバック等での活用を、よろしくお願いします。
2015/09/14(月) 02:48 | URL | 蕨手 #ETEEYXjU[ 編集]
調査と保存を
謎だらけの7号墳・・・ 
魅了されます。  

貴重な装飾を後世に残すため、本格的な調査と保存が必要ですね。

2015/09/14(月) 19:37 | URL | 筑後国造 #-[ 編集]
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Author:筑後国造
遺跡、特に古墳、山登り、地図そして高いところが大好き。郷土の先人、筑紫国造磐井様より一部名前を拝借しております。

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