夏は山歩き、秋から春は古墳中心の遺跡巡り。主に筑後地区ですが、いつかは、全国へ・・・

米ノ隈古墳の線刻

石室内には様々な線刻がありました。

線刻についての資料がありませんので、すべて見た目。また装飾ではないものも含まれていると思いますので、ご容赦を・・・

左側壁   これは線刻ではないかも・・・
左側壁 (2) 左側壁 (1)

右側壁  斜格子文?
右側壁奥 右側壁中央

右側壁  線刻はわかりやすいのですが、何?
右側壁奥上 (2) 右側壁奥上 (1)

奥壁の中段  斜格子文
奥壁上 (1) 奥壁上 (2)
 
奥壁腰石  様々の線刻が見られます。

放射状文? 下半分が不鮮明なので・・・    その右の炎状のもの?
奥壁 (4) 奥壁 (10)

帆がある船?   帆の部分拡大
奥壁 (7) 奥壁 (8)

格子文? 何かの具象文のようですが・・・
奥壁 (9) 奥壁 (1) 

魚?
奥壁 (5)

まだまだ線刻はありますが、落書きだと思いました。しかし、この後訪問した古墳では、線刻の上に落書きされたものがありましたので、この中にもあったかも?
人の線刻もあるとのことですが・・・
また行かねば・・・



装飾古墳デ^タベースの地図との誤差約150m。他の資料では250m。山中でのこの距離は大きい・・・
さらに、驚くべき誤差というか、誤謬がこの後訪問した古墳で・・・
続きは来年。

今年も、もうすぐ終わり。
1年間、ご愛顧いただきありがとうございました。
たくさんの方々の理解、支援を感謝します。
泥だらけになりながら、一人ではとても到達できない所へ同行してくださった仲間にも感謝します。
皆様に良き年となりますように・・・
コメント
グッジョブ!
前回、我々はもっと北の低い標高の場所を見てました。
おそらくもっと高所と検討を付けましたが、やはりそうでしたね。
単独で開発されたのは、さすが探索王の国造様です。お見事でした。
続きの展開も とても気になります。
2014/12/31(水) 15:50 | URL | 蕨手 #-[ 編集]
文献資料
熊本県装飾古墳館の「佐賀県長崎県の装飾古墳」(平成10年)によりますと、奥壁と右壁に斜格子文があるとされており、その他三段目に掲示されている良く判る線刻文も画像掲載されてます。
また、人物が報告されているのは「小城町史」のようです。これは持ってないので図書館かどこかで調べて見ましょうかね。
2014/12/31(水) 17:38 | URL | 蕨手 #-[ 編集]
古墳の位置は
お示しいただいた地図によりますと、古墳の位置のすぐ下まで直線的に上っている細い道の上までは、私歩いて下から登って探していました。本当にすぐ近くまで来て気づかずに敗退していたのですね。
周囲を見てみたのですが墳丘を確認できませんでした。その後は下位血ばかり探索していました。
国造さんは上から降りてきたのですか?
2014/12/31(水) 17:44 | URL | 蕨手 #-[ 編集]
今度、一緒に
蕨手さんへ
峰山の山頂よりジグザクの農道を下り、古墳の西北西300mくらいの所から山の中へ侵入し、古墳とほぼ同じ高さの所に段差があり、障害物も藪もなく、移動すると、幸運にも古墳のそばにたどり着きました。
線刻が浅いのでその場ではよくわかりませんでしたが、帰ってよくみると、明らかに舟があります、と思えます。そして魚も尾びれがはっきりしているような・・・
その他にも線刻らしきものをたくさん撮っているのですが、いまひとつ確信が持てません。
いずれにしても思ったほど写真がうまく撮れていなかったので、また行きたいと思いますので、よろしくお願いします。
2014/12/31(水) 19:31 | URL | 筑後国造 #-[ 編集]
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Author:筑後国造
遺跡、特に古墳、山登り、地図そして高いところが大好き。郷土の先人、筑紫国造磐井様より一部名前を拝借しております。

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