夏は山歩き、秋から春は古墳中心の遺跡巡り。主に筑後地区ですが、いつかは、全国へ・・・

石貫古城横穴墓群(2) 船長率いる船団

この船長はこのせまい空間で11艘もの舟を操っていました。(クリックして拡大するとわかりやすいかも)

奥壁

人物の右側の上下に2艘
石貫古城奥壁 (8)



上部の舟。三角、または四角の帆を張り、長い櫂も見えます。
石貫古城奥壁 (4)

下部の舟。船首部分と三角の帆はわかりますが、船尾はわかりません。
石貫古城奥壁 (5)
 

左壁

5艘の舟が浮かんでいます。

上段の左 線刻が多すぎてわかりにくいですが、三角形の帆が張られた舟のようです。
石貫古城左壁 (12)

上段の右 ゴンドラ形の舟が帆ををいっぱいに膨らませています。櫂、舵が見えます。
石貫古城左壁 (11)

中段 船尾手前に舵らしきものがわずかに見えます。三角形の帆もあるようですが、わかりません。
石貫古城左壁 (10)
  
下段 左上  帆を四角に広げています。
石貫古城左壁 (13)

最下段  帆を四角に張り、荒海を渡っているようです。。 
石貫古城左壁 (15)

右端中央  魚?
石貫古城左壁 (9)


右壁

4艘の舟が浮かんでいます。

入口寄り  家型の帆を張っています。船体はわかりません。
石貫古城右壁 (2)

上部  帆や舵らしきものがあるはずですが、線刻はほとんど薄れ、船体を含めわかりません。
石貫古城右壁 (4)

左端  中央の三角形の帆はわかりますが、船体はわかりません。
石貫古城右壁 (5)

中央  三角の帆を張り、後尾には大きな舵があります。
石貫古城右壁 (3)

勝手な解釈ですのでお許しを・・・
その他多数の線刻がありますが、意図が不明です。
この古墳群の他の横穴墓にも線刻があるようですが、3号墓は入所不可能な位置にありました。
東側にもあるようですが、柵等で近づけませんでした。装飾自体は図柄が不明のばかりのようです。
それにしても線刻が野ざらし状態ですので、貴重な装飾が失われる可能性が大きいのが憂慮されます。
コメント
No title
帆船技術など現代人が考えているものよりも優れていたんでしょうね。
これだけ装飾に残しているということは船は重要なんですね。

きっと建物とか日用品とかもなかなかのものだったんでしょうね。
すごいなあ。
2014/01/27(月) 23:30 | URL | めいるん #-[ 編集]
お見事
この横穴群はまだ未探訪です。
Ⅰ群にも三基装飾が確認されているようですが、こちらの方はアプローチできそうでしたか? 今度この地域の合同調査を企画したいですね。
2014/01/28(火) 00:27 | URL | 蕨手 #-[ 編集]
めいるんさんへ
なによりも、海から遠く離れた山の中に、これだけの船を描いているのが驚きです。
当時、海岸線がもっと近かったのか、そばの川が船が往来できるほど大きかったのか、それとも墓制信仰なのか、興味が尽きません。
その内ご紹介しますが、さらに内陸の山鹿にも舟の装飾がありました。
2014/01/28(火) 04:39 | URL | 筑後国造 #-[ 編集]
蕨手さんへ
Ⅰ群には柵、藪等で正面からは、近づけませんでした。北の端を確認していませんが、こちらからか、地形図からすると、崖の上から行けるかも・・・
装飾の内容が13号ほどだったら、無理してでも強引に行くのですが・・・
今回はそこまでは・・・
何度訪れても、興味が尽きない菊池川流域です。
2014/01/28(火) 04:53 | URL | 筑後国造 #-[ 編集]
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Author:筑後国造
遺跡、特に古墳、山登り、地図そして高いところが大好き。郷土の先人、筑紫国造磐井様より一部名前を拝借しております。

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