夏は山歩き、秋から春は古墳中心の遺跡巡り。主に筑後地区ですが、いつかは、全国へ・・・

ついに参上? 殿様塚古墳群

宮地岳南東部にあるという装飾古墳、殿様塚古墳群1号墳。

平成22年12月より、色んな地図を参考に探索してきました。

明らかに、地図が示している場所に行っても、無い。
山家古墳群と思われる古墳には多数遭遇したのに・・・

地元の人に聞いてもわからない。
発見が昭和51年であったため、すでに35年。
その時、土嚢で封鎖されたとのこと。

4度目の今回で見つからなければ、あきらめるしかない。

前回、山家古墳群A群で見つけた古墳が家来塚に似ている、との助言を受け、その上の右側にあるとのこと。
遺跡地図と異なる場所になってしまうものの、この情報を頼りに行くしかない。

前回は下りで楽だったのですが、今回は急斜面をよじ登り、家来塚(結果的にはちがったのですが)へ直接到達。
尾根を登り、右側へ。
前回はここから、地図が示す、さらに上を目指し、範囲を広げ過ぎて、山家古墳群C群へと行ってしまったのですが・・・

今回は山家古墳群B群の位置になりますが、一縷の望みをかけ、右側の尾根へ。

すると、すぐに古墳の大きな高まりが。
南側へ回ると、石室入口らしき部分がけずられているだけで、内部は分かりません。

これが、今まで探した殿様塚1号墳か・・・
殿様塚3号墳 殿様塚3号墳 (2)


半分失意の内に尾根を下ると、またもや大きな高まりが。
南へ回ると、半壊状態で、石室らしきものは確認できず。
殿様塚2号墳 (2) 殿様塚2号墳


これらは、山家古墳群B群なのか・・・

さらに下ると、またしても大きな高まり、墳頂付近には石材も
殿様塚1号墳 (6) 殿様塚1号墳 (9)


南へ回ると、
土嚢が山積み。

殿様塚1号墳 殿様塚1号墳 (7)


これが、これこそが殿様塚1号墳。

もちろん、石室内には入ることができませんので、装飾との対面はかないませんが。

十分満足して下山しようとしたのですが、

ここから、思わぬ展開。
さらに本当の家来塚との対面。
殿様塚古墳群と山家古墳群との関係。
思わず苦笑してしまった進入路。
謎が次々と解決していきました

続く
コメント
ワクワクです
うーん 手に汗握る展開ですね。 続きが楽しみです。 実に奥が深い探索レポートです。
2012/02/08(水) 20:46 | URL | 蕨手 #-[ 編集]
大げさでした・・・
ネットがつながらない状態の日や、仕事の都合で、一気に仕上げる予定がノビノビになっています。
興奮状態で書いたものですから、冷静になった今では、ちょっと大げさすぎたと反省しています。
もうちょっとです。
2012/02/09(木) 04:03 | URL | 筑後国造 #-[ 編集]
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Author:筑後国造
遺跡、特に古墳、山登り、地図そして高いところが大好き。郷土の先人、筑紫国造磐井様より一部名前を拝借しております。

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