夏は山歩き、秋から春は古墳中心の遺跡巡り。主に筑後地区ですが、いつかは、全国へ・・・

早津崎御廟古墳

久留米市三潴町大字早津崎字吹上

早津崎御廟古墳

以前は石の鳥居もあったそうですが、現在は御覧のような空地。
説明碑がなければ、気づきません。

DSCF5351.jpg

DSCF5352.jpg

説明では、早津崎の地名の由来はわかりますが、頓宮(仮の宮)について触れられていませんので、調べてみました。

この地は旧5月7日に神幸の神輿が大善寺玉垂宮を出てお下りになる下宮であるが、一時、神輿を迎えるだけの假宮であるので、建物もない、とのこと。

それで仮の宮のようです。

さらに高良大社の『高良記』には、”大善寺の事、高良大菩薩は大唐アレナレ河という所から御舟にお乗りになられて、筑前宇美のコウチへお着きになられた。そこから神功皇后と一緒に都へお上りになられた。皇后が崩御された後、仁徳天皇十七年に大善寺の前の川にお着きになられた。初めてお着きになられたところだから、大唐で御舟をお出しになった河の名をかた取って、この所をアレナレ河(霰川)と名付けられた。・・・・・”とあるそうです。

霰(アラレ)川とは広川のことであり、大善寺玉垂宮のそばを流れ、この先で筑後川に合流します。
思わぬところで、霰川の語源を知りました。

ところで、説明には”現地は古墳であったという説があり・・・”とありますが、古い資料では早津崎御廟古墳となっていました。これを元にここへたどり着いたわけです。
すぐそばには、このような石も。

DSCF5355.jpg

久留米市三潴町にある御廟と冠せられた3古墳を巡ってみました。
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Author:筑後国造
遺跡、特に古墳、山登り、地図そして高いところが大好き。郷土の先人、筑紫国造磐井様より一部名前を拝借しております。

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