夏は山歩き、秋から春は古墳中心の遺跡巡り。主に筑後地区ですが、いつかは、全国へ・・・

浮羽町 西光寺周辺の古墳(2)

西光寺のすぐそばのまるやね古墳
今回の散策の一番の目的はこの古墳でした。
なぜなら、古い資料に、”石室に円文の彩画あり”と書いてあったからです。
古墳の状態もわからず、運よく装飾を見られればと淡い期待を抱いていたのです。

墳丘は削られています。石室らしきものも見当たりません。
IMG_7552.jpg

西、南の方角で石室の入口の可能性があるのは小屋付近。
IMG_7675.jpg

小屋の裏はのぞくことさえできなかったので、淡い期待はそのままで、冬へ・・・
他の資料にはない、円文ありという、その一文に想像を膨らませ過ぎてしまいました。
失意の内に、次の古墳へ。


段の山1号墳

その異様な姿に驚嘆、驚愕。
IMG_7671.jpg

石室露呈という資料により、石積の残骸を想像していただけに、この時期特有の雑草に覆われた姿は威圧感があります。

奥壁に使われている石材でしょうか?
IMG_7668.jpg

玄室の側壁上部は左右ともないようです。そのため天井石がのっているだけに見えます。
IMG_7670.jpg

羨道部分のようです。
IMG_7663.jpg

前方後円墳ということなので、復元すると大きなものになりそうです。
今すぐにでも、草むしりをしたいくらいでした。
写真でうまく伝えられないのが残念です。
これは、冬に訪れ、草の無い状態で見ないと。

以外とショボかったりして・・・

2号墳以下は消滅ということで見ることはできませんでしたが、まだまだ期待できそうな雰囲気です。

今回、訪問した古墳は旧浮羽町役場から歩いて10分以内、車で2、3分のところばかり。
5年ほど前に、この辺りで何気なく撮ったこの写真の場所は思い出せず。
P1010011.jpg

浮羽町は中心部でさえ、こんなに興味深い古墳があるのですから、個人の庭、果樹園他にまだまだ知られていない古墳がありそうです。

場所がまだ特定できていない、興味深い古墳もいくつかあります。
今度は浮羽町の郊外へと散策を続けたいと思います。
コメント
はじめまして。
久留米市の高良内付近の古墳を探していて、ここに来ました。蕨手さんのコメント欄でお目にかかる筑後国造さんなんですね。(*^_^*)
高良内あたりで、古い神社と初期の古墳を探しています。
写真を見せて戴くと、破壊ぶりがひどいですね。高良内あたりの出土品などは、どこで見られるのかも教えていただけますか?
私は『ひもろぎ逍遥』と『古事記の神々』で、古代をぶらぶらしています。
またお邪魔します。 (^-^)
2010/08/18(水) 11:48 | URL | 綾杉るな #xvdPNyeE[ 編集]
綾杉様。はじめまして
質より量。写真中心の無名古墳の紹介を目標にしています。
高良内地区の古墳で、神社と同居したものとしては、焼失した富松神社、1基が保存されている大谷八幡宮くらいですね。
高速道路、自衛隊の敷地、高牟礼中学、住宅地造成等、消滅した古墳がいっぱいで、残存を確認できるものはわずかです。
観音堂と同居しているはずのマンダラサン古墳や、大規模古墳のはずのイトオリ塚古墳など、記録だけで確認ができず、暇をみては探索しているものは多数あります。
高良山麓、明星山麓にはまだまだ、あるはずです。
神社としては、高良大社に関係したものを中心に御井町から山麓沿いにいくつかあるようですが、詳細はわかりません。
出土品については、あまり期待できませんが、久留米市埋蔵文化財センターにあるようです。
よろしくお願いします。
2010/08/19(木) 04:55 | URL | 筑後国造 #-[ 編集]
No title
高良内地区の古墳については、整理ができていないものが多数あります。
近々公開しますので・・・
2010/08/19(木) 05:09 | URL | 筑後国造 #-[ 編集]
ありがとうございます。
各古墳に名前が付いていたのですね。ありがとうございます。
ところで、浦山古墳近辺とか、高良内地区とか、古代の部族ごとの邑のエリアのイメージとか、持ってありますか?古代は平野部がほとんど海だったので、台地に人々は住んでいたと思うのですが。
例えば岩戸山古墳から石人山古墳あたりは一つの部族というイメージを持っています。そんなのが久留米市だったら、どんなかなと思っています。すみません、マニアックな質問で。
2010/08/20(金) 10:26 | URL | 綾杉るな #xvdPNyeE[ 編集]
邑、部族について
邑、部族等についての知識はありません。
岩戸山古墳、石人山古墳のある八女丘陵(人形原台地)は、西端の三潴町の十連寺古墳から、東端の童男山古墳群まで、5世紀後半から6世紀後半にかけて、西から東へほぼ年代順に築造されていることからすると、ご指摘のようなのかもしれません。
千数百年保存されてきたものが、近年破壊されているのを見るにつけ、残念です。
久留米は、高良台や筑後川の自然堤防等の微高地を中心に、縄文、弥生時代の遺跡があることから、古代はこの付近まで、海だったのでしょうね。
有明海は干満の差が大きいので、当時も影響はあったのでは?
今、目にすることができる古墳ばかり追って、その時代背景等には関心を寄せてはいませんでした。
これからは、視点を変えて、古墳をみるのもおもしろいかな、と思った次第です。
2010/08/22(日) 04:03 | URL | 筑後国造 #-[ 編集]
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Author:筑後国造
遺跡、特に古墳、山登り、地図そして高いところが大好き。郷土の先人、筑紫国造磐井様より一部名前を拝借しております。

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