夏は山歩き、秋から春は古墳中心の遺跡巡り。主に筑後地区ですが、いつかは、全国へ・・・

万日山古墳  やっと・・・

万日山古墳

昭和36年発見、調査されていますので、すでに半世紀以上。
発見時には、墳丘は破壊され、石室上部も破壊され、封土があったという記述。
その後について、記載されているものを見つけられず、今でも存在しているのかも不明でした。

石室の特徴を、新熊本史に記載されているものをまとめると
①奥行12.32m 切石の技術を駆使した整備な造り
②羨道と前室の境の羨門は凝灰岩をくり貫いたもの
③羨門の奥は羨道よりやや幅の狭い前室となり、羨門側は砂利敷き、奥は切石を敷いている。
④玄室の左右には、石屋形があり、奥壁に沿って家型石棺が設置されている。
⑤石棺は、蓋、身ともにくり貫き式で、九州には数少ない機内的な家形石棺
⑥玄室の通路の下から羨道部の前面にかけて、全長12.6mの排水溝が設置されている。
万日山古墳 (15)
(新熊本史より)

こんなすごい石室。是非見たいと願っていました。

手がかりは、
①万日山の東側
②8合目付近
③取付け道路の工事中に発見
④長径18m、高さ4mの封土
⑤北西約200mのところに、径約30m、高さ4mほどの円墳状のものがあるが、古墳であるかどうかは断定できない。

これを基に、山頂から下りていきますが、いきなり崖。
万日山山頂古墳

山頂付近に数基あったが、複数の横穴式石室が破壊された、という記述。

山頂直下に
万日山古墳 (2) 万日山古墳 (5)

これらが、万日山山頂古墳でしょうか。
万日山古墳 (3) 万日山古墳 (4) 

さらに東側に回ると、枯草に覆われた石材らしきもの。
万日山古墳 (6)

さらに進むと、再び崖。崖下は一面の枯草の平地。古墳らしき高まりは見当たらず。
8合目あたりに慎重に下りると、枯草の中に、石材らしきものがある高まり・・・
万日山古墳 (14)

周囲を見渡すと、枯草に覆われた横長の高まりが道の向こうに

万日山古墳

万日山古墳 (7)

南側に回ると
万日山古墳 (13)

石室入口はこのあたりか・・・
万日山古墳 (12)

石材が露出
万日山古墳 (16)

万日山古墳 (1)

東側の羨道側壁あたり。すぐそばは崖のため、これ以上近づけず。
万日山古墳 (10)

隙間がありましたが、埋まっていました。
万日山古墳 (9)

墳頂に登ると、天井石らしきものが露出。
万日山古墳 (11)

墳頂からの熊本駅周辺の眺望
万日山古墳 (17)

位置の手がかりの内、万日山の東、8合目、取付け道路、長径約18m、高さ約4mの封土等条件を満たしています。
唯一、北西約200mの所にある古墳らしきものは満たさず。ここから200m北西の8合目となると、山の向こう側の空中になってしまいます。20mのところには、先ほどの石材のある高まりがありました。200mは20mの誤植では?

石室の内部を見られなかったのは残念ですが、保存されていると思われることには安心。熊本地震の影響がないことを祈ります。
いつか、見たいものです。


苦労してたどり着いた万日山古墳ですが、分かってしまえば、容易にたどり着けるところでした。
この標識を、50mほど直進した道路沿いの右側なのですが・・・
しかし、恐ろしい注意書が・・・
万日山古墳

コメント
No title
幻の万日山古墳、まさか現存しているとは思いませんでした!さすが国造さんです!!
いつか再調査されて欲しい古墳の筆頭なので、現地に存在している事が確認された事だけでも嬉しく思っております。
2017/03/01(水) 23:33 | URL | スカイトレッカー #-[ 編集]
石室内に熊本地震の影響がないかどうか、心配です。
石棺、石屋形など貴重なものがそのままだと良いのですが・・・
本当に、見てみたいものです。
2017/03/02(木) 07:57 | URL | 筑後国造 #-[ 編集]
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Author:筑後国造
遺跡、特に古墳、山登り、地図そして高いところが大好き。郷土の先人、筑紫国造磐井様より一部名前を拝借しております。

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