夏は山歩き、秋から春は古墳中心の遺跡巡り。主に筑後地区ですが、いつかは、全国へ・・・

”きろめき媛と二人の神様”と古墳

八女市に山内というところがあります。

ここには星野川の清流をはさんで、童男山と権現山という二つの山が向かい合ってそびえています。
きろめき媛 (11) きろめき媛 (8)


山と山の間はわずか六百メートルほど。

なんとなくにらめっこしているように見えるのは、こんなものがたりのせいかもしれません。

むかしむかし、このふたつの山には童男さまと権現さまという神さまが住んでいました。

二人はたいそう仲良しで、いっしょに山で狩りをしたり、川で魚をとったりと毎日楽しく暮らしていたといいます。

あるとき、権現山の東にある帰路女喜(きろめき)山の神さまのところに、それは、愛らしい女の子が生まれました。
きろめき媛 (9)

きろめき媛と名づけられたその女の子は、大きくなるにつれて輝くような美しい女神さまに成長しました。

童男さまも権現さまもひと目できろめき媛に心を奪われ、どこへ行くにも何をするにもいつも三人いっしょの毎日でした。

ところが、ある日のこと、童男さまと権現さまは、きろめき媛のことで意見が合わず大げんかをしてしまいました。

カンカンになって山に帰った童男さまは、あまりの腹立たしさにそばにあった大きな岩をだき上げ、権現山めがけて、エイッと投げつけたのです。

岩は星野川を越えて権現山のふもとまで飛んでいきました。
きろめき媛 (3) -

これを見て怒った権現さまは山から大きな岩を掘り起こすと、童男山に投げ返し、岩は童男山の頂上まで飛んでいったのです。
きろめき媛 (13)

心のやさしいきろめき媛はそんな二人のようすを見て、たいそうなげきました。

自分さえいなくなれば、二人はきっと元のように仲良くなるに違いない。

そう考えたきろめき媛は、帰路女喜山のすぐ下にある星野川のふちに身を投げようとしたのです。
きろめき媛 (10)

このことを知った二人の神さまは、自分たちの行いがそれほどまでにきろめき媛の心を苦しめ、悲しませたのかと、深く後悔しました。

こうして、きろめき媛と二人の神さまは以前のような仲良しにもどり、星野川と三つの山はまた元のように平和な楽園になったということです。

この三つは、現在それぞれ童男山古墳群、権現山古墳群、帰路女喜古墳群と呼ばれ、数多くの古墳が発見されており、童男山の頂上付近にある石室の入口と、権現山のふもとには、二人の神さまが投げたと伝えられる巨岩がいまも残っています。
(八女市誌より)

童男山古墳群 1号墳   
きろめき媛 (16) きろめき媛 (15)

柳島古墳群  3号墳 4号墳   権現山古墳群はありませんが、小字名からこの辺りかな?
きろめき媛 (3) (800x600) きろめき媛 (5) (800x600)

帰路女喜古墳群  3号墳?
きろめき媛 (18) きろめき媛 (5)

長野古墳群  童男さまが投げた岩が見つかりませんでしたので、童男山古墳群のそばの長野古墳群前の田んぼの中の岩を借りました。  後ろの竹林の中の11号墳?
きろめき媛 (1) きろめき媛 (17)


それぞれの古墳については、折々に・・・
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筑後国造

Author:筑後国造
遺跡、特に古墳、山登り、地図そして高いところが大好き。郷土の先人、筑紫国造磐井様より一部名前を拝借しております。

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