夏は山歩き、秋から春は古墳中心の遺跡巡り。主に筑後地区ですが、いつかは、全国へ・・・

馬塚古墳  初公開

山鹿市城字鬼天神

馬塚古墳

初公開の古墳です。

待ちきれずに、公開時間よりかなり早めに行きました。時間まで、春を堪能。
馬塚古墳 (1) 馬塚古墳 (2)

扉が開くのを静かに待つ馬塚古墳
馬塚古墳 (4)

馬塚古墳 (3)

そして、石室が・・・   感動・・・
馬塚古墳 (9)

石室内に入ることはできませんでしたが、ガラス越しではなく直接見られました。
馬塚古墳 (5)

色彩を強調しました。

第一羨門
馬塚古墳 (8) 馬塚古墳 (7)


第二羨門

袖石には、赤、青、白でモザイク状の連続三角文。  左袖石の後ろに石屋形の屋根の破片がちょっと覗いています。
馬塚古墳 (6) 馬塚古墳 (13)

王塚古墳のように、まぐさ石の上に覗き窓もあります。
馬塚古墳 (14)

後室内にも線刻による連続三角文があるようですが、見られないのは残念でした。 

今後も公開されると良いのですが・・・
装飾に影響を及ぼすのも心配です。

城山古墳群  石屋形と装飾?

熊本市西区上代9丁目

城山(じょうざん)古墳群

城山古墳一の塚

城山の最高所(約46m)にありますが、入口の鉄扉がサビついて、入れませんでした。
城山古墳群 (2) 城山古墳群 (1)

城山古墳二の塚

頂部が少し窪み、発掘跡ということですが、現状では分かりません。
城山古墳群 (4) 城山古墳群 (3)

城山古墳三の塚

墓地と道路により、墳丘の一部が、削られています。
城山古墳群 (7) 城山古墳群 (6)

狭い羨道  
城山古墳群 (18) 城山古墳群 (14)

羨道側壁
城山古墳群 (11) 城山古墳群 (10)

玄室  上半部は破壊されていますが、横穴式石室が露出しています。
城山古墳群 (5)

左側壁
城山古墳群 (9)

右側壁
城山古墳群 (8)

右側壁前には石障
城山古墳群 (13)

奥壁に沿って石屋形が設置されています。
城山古墳群 (17)

玄室出口
城山古墳群 (12)

石屋形の前の石材に三角文?
城山古墳群 (15)

左側壁の石材 舟?
城山古墳群 (16)

装飾かどうかは不明ですが・・・

万日山古墳  やっと・・・

万日山古墳

昭和36年発見、調査されていますので、すでに半世紀以上。
発見時には、墳丘は破壊され、石室上部も破壊され、封土があったという記述。
その後について、記載されているものを見つけられず、今でも存在しているのかも不明でした。

石室の特徴を、新熊本史に記載されているものをまとめると
①奥行12.32m 切石の技術を駆使した整備な造り
②羨道と前室の境の羨門は凝灰岩をくり貫いたもの
③羨門の奥は羨道よりやや幅の狭い前室となり、羨門側は砂利敷き、奥は切石を敷いている。
④玄室の左右には、石屋形があり、奥壁に沿って家型石棺が設置されている。
⑤石棺は、蓋、身ともにくり貫き式で、九州には数少ない機内的な家形石棺
⑥玄室の通路の下から羨道部の前面にかけて、全長12.6mの排水溝が設置されている。
万日山古墳 (15)
(新熊本史より)

こんなすごい石室。是非見たいと願っていました。

手がかりは、
①万日山の東側
②8合目付近
③取付け道路の工事中に発見
④長径18m、高さ4mの封土
⑤北西約200mのところに、径約30m、高さ4mほどの円墳状のものがあるが、古墳であるかどうかは断定できない。

これを基に、山頂から下りていきますが、いきなり崖。
続きを読む

下米野前畑横穴墓群  まだ近寄りがたい横穴墓群でした・・・  

山鹿市鹿央町合里

下米野前畑横穴墓群

確かに、この方向に横穴墓群はあります。
下米野前畑横穴 (13)

そこには、ため池。 このため池の向こう岸に横穴墓群が開口しています。 しかし標識も、入口も道もありません。
下米野前畑横穴 (1)

前回は、横穴群へ行くため、水辺ギリギリの急斜面を、怖い思いで降りました。
今回も同じルートで行こうとしましたが、水量が多く、行けそうもありません。
反対の池の南側に回ると、垂直に近い崖。諦めかけましたが、少しだけ、竹の倒木がある斜面。帰りに登る時が不安でしたが・・・

降りてしまいました。

南側の崖面には、上下折り重なるように3段になって開口
下米野前畑横穴 (11)

見上げると、一番上に、石室入口から下が落下した23号墓。
23号墓には、石室の左右側壁に白い彩色の装飾があるはずですが・・・  不可能。
下米野前畑横穴 (8)

その下の22号横穴墓   角度を変えてみると、石室の中が一部見えます。寄棟の石室の天井部に垂木の表現がわずかに・・・
下米野前畑横穴 (3)

さらに密集した所  左上の22号墓の右下の21号横穴墓
下米野前畑横穴 (9)

21号墓も同様の寄棟
下米野前畑横穴 (4)

天井部の垂木のような彫込みが分かります。
下米野前畑横穴 (2)

21号墓の右下が18号横穴墓19号横穴墓? 
赤色顔料が残っているそうですが、確認できません。

15号横穴墓 左上? 奥壁に彫りこんで造った屍床があるはずですが、確認できません。
下米野前畑横穴


西側崖下に1列に並んだ横穴墓群
下米野前畑横穴 (7)

1号横穴墓 唯一複室か?
下米野前畑横穴 (12)

6号横穴墓
入口部分の下部が落下しています。
下米野前畑横穴 (11)

コの字形屍床は良好に残っているようですが、石室が高い位置のため確認できません。
下米野前畑横穴 (10)

5号横穴墓
下米野前畑横穴 (6)

飾縁のついたこの横穴墓が、調査書には載っていないのかな?
下米野前畑横穴


48基ほどの横穴墓が確認されているようですが、調査されているのが20基ほど。
号数は、鹿央町誌を参考にしましたが現場の様子となかなか一致せず。
崩壊や草に覆われているもの、上下左右にランダムに並び、高所にあるものが多く、確認できないものが多数。

さらに、ため池に水没しているものも多数。その中には、櫓べそや線刻らしきものもあったそうです。
水が抜かれた時に訪れたいものです。
しかし、その季節は別のもので、敬遠したくなるような気も・・・

ちなみに、帰りは、北側の崖をよじ登りました。泥だらけになっただけで済みました。

バラエティ出演  小鼠蔵山古墳群

12月28日のフジテレビ系の”何だコレ!?ミステリー7”に小鼠蔵山古墳群が出演しました。

熊本に、誰も登らない山の頂上に謎の石室があり、登り道も無いため、アンガールズが藪を掻き分け石室を見つけるという設定。

この謎の石室は、八代市の小鼠蔵1号墳でした。

小鼠蔵古墳群 (10)

石室内でレポート   貴重な装飾古墳なんですが・・・
IMG_0563.jpg


狭い急な山道が実際にはあります。竪穴式石室が開口しています。
小鼠蔵古墳群 (2)

石棺の奥壁よりの内壁に円文がありますが、今は確認できません。
小鼠蔵古墳群 (5)

番組で紹介されていた石積
小鼠蔵古墳群 (3)

さらに、1号墳から20mほど藩れたところには3号墳の箱式石棺がありますが、今回の撮影では気が付いていないようです。
小鼠蔵古墳群 (6)

中央付近に2個、右下に1個の円文があります。
小鼠蔵古墳群 (8)

折れた蓋石の影に1個の円文。 謎の石室となっていましたが、麓には説明がありますけど・・・
小鼠蔵古墳群 (7) 小鼠蔵古墳群 (1)

番組中に取り上げられた三角点の支柱。 そのままだったんですね。
小鼠蔵古墳群 (9)

確かに、地元の人は登らないかもしれませんが、古墳マニアは訪れているようです。
古墳探訪の季節ではない時季の撮影だったようで、草がかなり繁茂し、バラエティ向けだったかも・・・


プロフィール

筑後国造

Author:筑後国造
遺跡、特に古墳、山登り、地図そして高いところが大好き。郷土の先人、筑紫国造磐井様より一部名前を拝借しております。

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