FC2ブログ

夏は山歩き、秋から春は古墳中心の遺跡巡り。主に筑後地区ですが、いつかは、全国へ・・・

東尾大塚古墳の桜

三養基郡みやき町東尾

東尾大塚古墳

毎年、桜が咲き誇る古墳を逃してきましたが、今年ようやく実現。
東尾大塚古墳


東尾大塚古墳h (4)


東尾大塚古墳h (5)


東尾大塚古墳h (6)

ちょっとだけ顔を出す石室
東尾大塚古墳h (2)

花びらも・・・
東尾大塚古墳h (8)

石室内は、何事もないように静寂・・・
東尾大塚古墳h (1)




東十郎古墳群7群

屍床のある特別区イ号墳に劣らぬ前回の古墳。

その更に上にもう1基
東十郎古墳群7 (9)

わずかに開口
東十郎古墳群7 (1)

前室  羨道は完全に埋まっています。
東十郎古墳群7 (6)

前室 左側壁
東十郎古墳群7 (7)

前室 右側壁
東十郎古墳群7 (8)

玄室 奥壁
東十郎古墳群7 (2)

左側壁
東十郎古墳群7 (4)

右側壁
東十郎古墳群7 (3)

玄門
東十郎古墳群7 (5)

狭い石室ですが、立地場所からすると、驚きです。

下りる途中には半壊の古墳
 (2)

 (1)

さて、帰ってから資料を整理してみると。
東十郎古墳群の第7区には、7基の古墳があり、複式横穴石室は2基で石室の保存も良好、とあります。
しかし、2号墳、3号墳の石室の平面図、側壁の一部の図面が異なっていました。奥壁の図があればよいのですが・・・
分布図の位置は合っているのに、何故?

さらに、上にあるのか?

杓子ケ峰古墳群の1~5号墳が東十郎古墳群の特別区や第6区の一部と重複しているような・・・
また、13~22号墳が見つかりませんが、資料の標高からすると東十郎古墳群の一部と重複しているような・・・
これが、今回の古墳かも・・・
古い資料と詳細でない地図を頼りにしていましたが、杓子ケ峰全体を探索する必要?
北側の基山町にもかなりあるようですし。

今後の課題です。


東十郎古墳群 巨大周溝、周提そして閉塞石

じんさんから杓子ケ峰古墳群の新たな古墳の情報。
古墳の場所を確認できない”四番杓子の奥にある7基の古墳”の謎が解けるかと思い、予定を急遽変更し確認に。
しかし、やはり見つけられず。
連絡を取り、場所を確認すると、東十郎古墳群の8区分の内まだ確認してない2区の内の一つ第7区の可能性。
さっそく山を下り、東十郎古墳群の古い大まかな地図を現在の地図と比較して準備していたので、該当すると思われる個所から再び登山。
山道も無い急勾配の山をひたすら上へ。
こんな急勾配の山の上に古墳があるのかと思いたくなる先の、わずかな緩斜面に巨大な周溝、周提を備えた大きな古墳。

鳥栖市神辺町

東十郎古墳群第7区❔

東十郎古墳群7 (6)

開口した古墳と周溝、周提
東十郎古墳群7 (5)

周提は古墳の西側と北側に残っています。
東十郎古墳群7 (13)

東十郎古墳群7 (1)

石室に入ると、東十郎古墳群に多い狭い前室
右側壁
東十郎古墳群7 (12)

左側壁
東十郎古墳群7 (11)

玄室入口には、閉塞石が山積みのまま。
東十郎古墳群

調査報告書では、東十郎古墳群では閉塞石は塊石を積み重ね奥行1mほどで玄室の境に多いとされています。
東十郎古墳群7 (4)

後室内に閉塞石を押し込んで入ったような跡。
東十郎古墳群7 (7)

奥壁鏡石も巨大
東十郎古墳群7 (10)

左側壁
東十郎古墳群7 (9)

右側壁
東十郎古墳群7 (8)

周溝は途中で途切れていますが、東、南側は崖状態ですので崩落したのでしょうか?それとも別の意味?
また、こんな山中に何故周溝が? 謎が多い古墳です。


さらに、驚き。
まだ上に古墳が・・・

7基あるとされる第7区ですが、この古墳が何号なのか不明です。
次の古墳と共に調査報告書との矛盾が発生・・・

東十郎古墳群

鳥栖市神辺町

東十郎古墳群

過去何度か紹介してきまいたが、全体像がわからず、断片的でした。

東十郎古墳(1)~(6)

東十郎古墳群 6区

河内ダム建設前の資料を入手しましたので、整理して再挑戦です。
しかし、当時と道路、造成で様子が変わり、又分布図も概略のためまだまだ整理ができていませんが、新たな古墳を訪問しましたので。

西端の3区?かと思われます。

県道下に2基

斜面に基礎部分が残っています。
下1 (1)

尾根上に羨道の天井石? 穴が開いていましたが、中は埋まっています。この先に玄室があるのかな?
下1 (2)

県道上に4基

道路により、一部削られています。
上5 (1)

奥壁
上5 (2)


さらに上の斜面
上1 (3)

奥壁
上1 (2)

左側壁
上1 (1)


西側に1基
上2



上の方にもう1基
上4 (2)

上4 (1)

天井石と思われる石材
上3 (2)

まだ見逃しがあるようです。行かねばなりません。


さらに、東十郎古墳群の北側、さらに標高の高い所にある、杓子ケ峰古墳群
22基の古墳がありますが、宮地嶽神社周辺の7基しか確認できていませんでした。
先日、”じんさん”から新たな古墳の発見の知らせ。
説明板に”四番杓子”から奥に7基が悠然と鎮座している”とされている古墳のようです。
この謎の言葉”四番杓子”の意味の解明とともに、行かねばなりません。

目達原古墳公園と都紀女加王墓

佐賀県三養基郡上峰町坊所

目達原古墳公園

9年ほど前に、5基の小規模古墳として勘違いをして紹介した古墳群です。
消滅した5基の古墳を7分の1に縮小復元されたものです。
出土品も納められているそうです。
目達原古墳群 (3)

目達原古墳群 (2)

その古墳群が、今”プロモーション・プロジェクト促進事業”として脚光を浴びようとしています。
目達原古墳群 (5)

環境美化や地酒づくり?健康維持、生きがいつくり等が目的とか。
説明版さえ無い古墳公園が整備され、関心が持たれるのを期待します。

さて、この古墳公園の隣には上のびゅう塚古墳があります。

公園からフェンス越に見ると、前方後円墳らしき墳丘がわかります。
目達原古墳群 (4)

しかし、近づけません。何故なら
都紀女加王墓として、宮内庁管理となっています。
目達原古墳群 (6)

目達原古墳群 (1)

都紀女加王とは、応神天皇の皇曽孫となっています。
ということは、応神天皇の母神功皇后の関係者?

因みに、バス停も”都紀女加王墓”に変更されています。

プロフィール

筑後国造

Author:筑後国造
遺跡、特に古墳、山登り、地図そして高いところが大好き。郷土の先人、筑紫国造磐井様より一部名前を拝借しております。

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

最新記事
検索フォーム
最新コメント
カテゴリ
FC2カウンター
カレンダー
10 | 2018/11 | 12
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
タグリスト

月別アーカイブ
最新トラックバック
RSSリンクの表示