夏は山歩き、秋から春は古墳中心の遺跡巡り。主に筑後地区ですが、いつかは、全国へ・・・

東畑古墳

宇土市恵塚町東畑

東畑古墳

前回、訪問の時は準備不足でしたので再訪問。 (前回の記事
しかし、まだ雨が降り続いています。条件は良いとは言えませんでしたが・・・

東畑1号墳 (4)

石室は埋まっています。
東畑1号墳 (5)

奥壁上部の石と東側壁
東畑1号墳 (2)

前回も気になった東側壁。今回はじっくり観察。雨に濡れていますが、線刻のような・・・
東畑1号墳 (1)

西側壁にも   埋まっている部分が気になります。
東畑1号墳 (3)

前回は舟に見えたもの、見た限りでは、違ったようです。
東畑1号墳 (6)

説明板にある西北西15mの2号墳。
範囲を広げて、探しましたが、見つかりません。
ここにも線刻がある可能性があるのですが・・・

梅崎古墳

肥後の装飾古墳公開の前に、別の装飾古墳訪問。

夜明け前に、梅崎古墳のある丘陵へ。
しかし雨。

龍神社のそばから侵入するつもりが、断崖。
梅崎古墳 (2)

丘陵の裾野をぐるりと巡り、ようやく登れそうな所を見つけ中へ

しかし、雨はひどくなり、竹林のため、傘も半分しかさせず、行けども、行けども見つからず・・・

頂上付近まで行き、断念して、下山の途中にようやく、説明板が。
想像していたのとは、全然違いました。

宇土市笹原町梅崎

梅崎古墳

梅崎古墳 (3)

墳丘は無く、石室は埋まり、東側壁の上部のみが半分ほど露出。他は一部のみ露出。
梅崎古墳 (4)

装飾がある東側壁
梅崎古墳 (5)

このあたりに、長さ、1.3m 高さ0.7mほどの大きな舟の線刻があるはずでしたが・・・
大部分が埋まっていました。
梅崎古墳 (6)

上部は見えたのかもしれませんが、雨で濡れていたせいもあり、肉眼では確認できず。

帰りは小道もあり、楽でした。
しかし、最初の訪問で、泥で汚れ、ビショビショ・・・
骨折1本   ビニール傘ですけど
家族には内緒の傷も・・・

天神山古墳

宇土市野鶴町字桜畑

天神山古墳

天満宮の裏にあります。
天神山古墳 (3)


天神山古墳 (1)

”宇土探訪”より
天神山古墳 (6)

後円部が削られています。
天神山古墳 (2)

後円部 この辺りから登れそうですが、この時機はまだ、ちょっと・・・
天神山古墳 (5)

近くには、こんなものも。 石材?
天神山古墳 (4)

この地区を歩いてみると、鶴見塚という文字を各所で見かけました。鶴の恩返しという伝説もあるようです。
周囲には古墳も無いようですので、この天神山古墳が元は鶴見塚だったのでは?

宇土地区 古墳訪問失敗記

今回の熊本県装飾古墳公開に合わせた宇土地区の古墳訪問。

そもそも、宇土地区訪問のきっかけは、春に東京都庁を訪れた際、県別の紹介コーナーの熊本県のパンフレットの中に、宇土市の古墳の情報が載った史跡マップを手にしたことからでした。

多少、詳しい地図も載っていましたので、これだけを頼りにしたため、下調べが不十分でした。

おかげで、前回、前々回紹介したように、失敗の連続です。

当初の計画では、夜明けを宇土マリーナあたりで迎え、小田良古墳を皮切りに東へ向かおうとの予定。

しかし、前夜の飲み会で楽しかった分、ちょっと飲み過ぎ。
出発が2時間遅れ。でもまだ想定内。

最大の失敗はこの後。 なんと、松橋インターで下りそこね、八代まで行くはめに・・・

単純に戻るのは癪なので、3号線を北上し途中の古墳を見ることに。
しかし、八代、氷川の資料なし。途中の看板を頼りに訪問を・・・

道路脇に岡城跡の石碑
岡城址 (600x800)

そのそばに、古墳の石材らしきものが山積み。
岡城址 (2)

しかし、こんなものも一緒に???  城の石垣にでも転用されたのでしょうか。
岡城址 (1)

名前だけは知っていた野津古墳群の矢印が・・・

さっそく指示通りに行ってみると、何か所かあった矢印が途中から見当たらず。山道はせまくなる一方。当然ナビにはなし。
断念。

さらに北上すると、今度は、古墳コースの矢印が。ちょっとだけと思い、行ってみると、海のほうへ。明らかにおかしい。
断念。

帰って調べると、野津古墳群はそのまま狭い道を行けばよかったのですが、高速道路側から楽な侵入路があったようです。古墳コースというのは、さきほど野津古墳群へ途中まで行った道を経由して、大野窟古墳などを回る7キロほどの散歩コースでした。どこかで案内を見落としたようです。散歩なら、道はせまくてもよかったわけです・・・

道の駅竜北で、資料でもと思いましたが、何も無し。

すると、道路をはさんだ高台に、高まり。説明板もあるようです。
さっそく行ってみると
石灰窯跡

その途中に
太尾古墳

ここは後日訪問しよう。


さらに、大野窟古墳や高塚装飾古墳の有名古墳の案内も。
ここは、下調べをして訪れないと後悔するところ。

すでに、装飾古墳公開開始の時間を過ぎています。

何の収穫もないまま、八代、氷川を後に・・・

その後、宇土地区と、装飾古墳公開の宇賀岳、石の室古墳を回ったわけですが、予定の半分も消化できずに終了となってしまいます。


今回は、すべてにおいて準備不足でしたので、宇土地区の古墳訪問のための、準備のための訪問となってしまいました。
宇土、氷川、八代地区、あと数回は訪れることになりそうです。


それなりの収穫もありましたし、後の紹介はボチボチ、気の向いた時に・・・


あるところで、資料を頂いた、かわいいお嬢さん。
久留米の学校に通っていらっしゃったとか、
久留米ラーメンなどの話で盛り上がり、一服の清涼剤となりました・・・

高濱武蔵守逆修碑

宇土市三拾町中野

高濱武蔵守逆修碑(三拾町転用板碑)

前夜、古墳仲間の飲み会で、情報の提供を受け急遽訪問。
そばまで来たはずなのに、なかなか見つかりません。
すぐそばの藪の中に隠れていました。
三拾町板碑 (11)


せっかくの説明板もこの角度からしか撮れません。
三拾町板碑 (1)

覆っていた草を払い観察してみました。

この板碑は、古墳の石障を転用したもので、直弧文などの線刻があるらしいのです。
しかし、御覧の通り、見るも無残。
三拾町板碑 (2) 三拾町板碑 (10)


さて、肝心の線刻や顔料が画像を多少加工したことによって、あることはわかりますが、何がなんだか・・
三拾町板碑 (4) (600x800)

かろうじて、一番下の部分の、梯子文や円文が確認できます。(クリックして拡大することによって)
三拾町板碑 (5) 三拾町板碑 (7)


地中部分で確認できない部分は、もっと保存状態が良いような気がします。
立て掛けただけのようですので、地中部分はあまりないような・・・


この板碑の場所だけ確認し、線刻の内容を調べずに訪問したものですから・・・

蕨手さんの三拾町転用板碑の記事を事前に見ておけばと、またしても悔いの残る結果となってしまいました。

直弧文にしても、このように大きなものは想像していなかったので、部分的にしか見ていませんでした。

ここも再訪問しなければなりません。

秋なのに、薮蚊や虫たちの襲撃に会いましたので、じっくりと観察できる冬かな~
プロフィール

筑後国造

Author:筑後国造
遺跡、特に古墳、山登り、地図そして高いところが大好き。郷土の先人、筑紫国造磐井様より一部名前を拝借しております。

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