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夏は山歩き、秋から春は古墳中心の遺跡巡り。主に筑後地区ですが、いつかは、全国へ・・・

筑紫君の成立 ーその背景と根源ー

八女市の『いわいの郷』の歴史講座

筑紫君の成立 -その背景と根源ー

鶴見山古墳の石人の発見時の担当者の大塚恵治さんの講演会でした。
いわいの郷 (1)

筑紫君一族、磐井の誕生の背景を八女市で発掘された遺跡や日本書紀等の記述を基に解説していただきました。
いわいの郷 (3)

郷土の英雄  筑紫君磐井   
DSC09136 (600x800)

小さい頃から身近に存在した岩戸山古墳  更に魅了されました
岩戸山古墳


朝倉橘広宮はどこに?

朝倉橘広宮

661年斉明天皇が近畿から遷都をしましたが、2ヶ月後に死去したことにより、短命に終わり、歴史からも忘れ去られようとしている都です。

九州歴史資料館での講演会を拝聴してきました。
朝倉橘広宮 (2)

比定地は、四国、太宰府、小郡等諸説ありますが、朝倉説が最も有力です。

杷木志波説

建物群跡が見つかり、宮に関するような地名が多数あることから有力とされています。
廃校になった小学校付近と思われます。
朝倉橘広宮 (5)

須川(宮野)説

大字の境界が南北一直線になっている所があり、宮の構成と一致しているのでは?
朝倉橘広宮 (7)

今回は宮野説の立場からでしたが、それぞれに説得力があります。

現在、伝承がある天子の森に『朝倉立花広宮之蹟』として碑があります。
朝倉橘広宮 (1)

全国、さらに海外にまで比定地が広がった邪馬台国に比べ、場所を特定しやすいと思われる朝倉橘広宮ですが、まだまだ謎です。

邪馬台国の朝倉・甘木説とともに朝倉市にあったらいいなぁ!

九州歴史資料館には、朝倉郡筑前町の仙道古墳出土の盾持人物埴輪も展示されていました。
仙道古墳 (1)

仙道古墳 (3)



筑後川流域装飾古墳特別講演会

予定を変更して、講演会へ行きました。

講演会と現場。
今までだったら当然後者を選択。

ただ今回は、当初の予定を変更。
これからも見学の機会がある古墳公開よりも、講演会を優先させました。
電話で、申し込んだら、まだ大丈夫でしたので。

装飾古墳のルーツを菊池川流域とし、製作者ほか、既存の説にこだわらず、大胆すぎるほどの個人の見解も述べられ、興味深い講演でした。

今も現場で活躍されている立場での講演で、写真をまじえての内容に満足。

井寺古墳の切石の精巧さ、石人山古墳(昨日見たばかりでした)の石人、石棺の製作者、阿蘇ピンク石の石棺の製作、高槻への搬送経験の苦労。
五郎山古墳、大野窟古墳の調査体験も。
そして、筑紫君磐井についても。

壁画古墳の見方として、雨の2、3日後がいい(雨の時がいいと思い込んでいましたので)と聞き、さっそく前畑あたりで試してみようと思います。

たまには、このような講演会を通して、専門家の解説を聞くのも必要だなあ、と反省しました。

ついでに、筑紫地区の古墳を訪問。
これは後日。
プロフィール

筑後国造

Author:筑後国造
遺跡、特に古墳、山登り、地図そして高いところが大好き。郷土の先人、筑紫国造磐井様より一部名前を拝借しております。

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