夏は山歩き、秋から春は古墳中心の遺跡巡り。主に筑後地区ですが、いつかは、全国へ・・・

東十郎古墳群7群

屍床のある特別区イ号墳に劣らぬ前回の古墳。

その更に上にもう1基
東十郎古墳群7 (9)

わずかに開口
東十郎古墳群7 (1)

前室  羨道は完全に埋まっています。
東十郎古墳群7 (6)

前室 左側壁
東十郎古墳群7 (7)

前室 右側壁
東十郎古墳群7 (8)

玄室 奥壁
東十郎古墳群7 (2)

左側壁
東十郎古墳群7 (4)

右側壁
東十郎古墳群7 (3)

玄門
東十郎古墳群7 (5)

狭い石室ですが、立地場所からすると、驚きです。

下りる途中には半壊の古墳
 (2)

 (1)

さて、帰ってから資料を整理してみると。
東十郎古墳群の第7区には、7基の古墳があり、複式横穴石室は2基で石室の保存も良好、とあります。
しかし、2号墳、3号墳の石室の平面図、側壁の一部の図面が異なっていました。奥壁の図があればよいのですが・・・
分布図の位置は合っているのに、何故?

さらに、上にあるのか?

杓子ケ峰古墳群の1~5号墳が東十郎古墳群の特別区や第6区の一部と重複しているような・・・
また、13~22号墳が見つかりませんが、資料の標高からすると東十郎古墳群の一部と重複しているような・・・
これが、今回の古墳かも・・・
古い資料と詳細でない地図を頼りにしていましたが、杓子ケ峰全体を探索する必要?
北側の基山町にもかなりあるようですし。

今後の課題です。


東十郎古墳群 巨大周溝、周提そして閉塞石

じんさんから杓子ケ峰古墳群の新たな古墳の情報。
古墳の場所を確認できない”四番杓子の奥にある7基の古墳”の謎が解けるかと思い、予定を急遽変更し確認に。
しかし、やはり見つけられず。
連絡を取り、場所を確認すると、東十郎古墳群の8区分の内まだ確認してない2区の内の一つ第7区の可能性。
さっそく山を下り、東十郎古墳群の古い大まかな地図を現在の地図と比較して準備していたので、該当すると思われる個所から再び登山。
山道も無い急勾配の山をひたすら上へ。
こんな急勾配の山の上に古墳があるのかと思いたくなる先の、わずかな緩斜面に巨大な周溝、周提を備えた大きな古墳。

鳥栖市神辺町

東十郎古墳群第7区❔

東十郎古墳群7 (6)

開口した古墳と周溝、周提
東十郎古墳群7 (5)

周提は古墳の西側と北側に残っています。
東十郎古墳群7 (13)

東十郎古墳群7 (1)

石室に入ると、東十郎古墳群に多い狭い前室
右側壁
東十郎古墳群7 (12)

左側壁
東十郎古墳群7 (11)

玄室入口には、閉塞石が山積みのまま。
東十郎古墳群

調査報告書では、東十郎古墳群では閉塞石は塊石を積み重ね奥行1mほどで玄室の境に多いとされています。
東十郎古墳群7 (4)

後室内に閉塞石を押し込んで入ったような跡。
東十郎古墳群7 (7)

奥壁鏡石も巨大
東十郎古墳群7 (10)

左側壁
東十郎古墳群7 (9)

右側壁
東十郎古墳群7 (8)

周溝は途中で途切れていますが、東、南側は崖状態ですので崩落したのでしょうか?それとも別の意味?
また、こんな山中に何故周溝が? 謎が多い古墳です。


さらに、驚き。
まだ上に古墳が・・・

7基あるとされる第7区ですが、この古墳が何号なのか不明です。
次の古墳と共に調査報告書との矛盾が発生・・・

東十郎古墳群

鳥栖市神辺町

東十郎古墳群

過去何度か紹介してきまいたが、全体像がわからず、断片的でした。

東十郎古墳(1)~(6)

東十郎古墳群 6区

河内ダム建設前の資料を入手しましたので、整理して再挑戦です。
しかし、当時と道路、造成で様子が変わり、又分布図も概略のためまだまだ整理ができていませんが、新たな古墳を訪問しましたので。

西端の3区?かと思われます。

県道下に2基

斜面に基礎部分が残っています。
下1 (1)

尾根上に羨道の天井石? 穴が開いていましたが、中は埋まっています。この先に玄室があるのかな?
下1 (2)

県道上に4基

道路により、一部削られています。
上5 (1)

奥壁
上5 (2)


さらに上の斜面
上1 (3)

奥壁
上1 (2)

左側壁
上1 (1)


西側に1基
上2



上の方にもう1基
上4 (2)

上4 (1)

天井石と思われる石材
上3 (2)

まだ見逃しがあるようです。行かねばなりません。


さらに、東十郎古墳群の北側、さらに標高の高い所にある、杓子ケ峰古墳群
22基の古墳がありますが、宮地嶽神社周辺の7基しか確認できていませんでした。
先日、”じんさん”から新たな古墳の発見の知らせ。
説明板に”四番杓子”から奥に7基が悠然と鎮座している”とされている古墳のようです。
この謎の言葉”四番杓子”の意味の解明とともに、行かねばなりません。

鳥栖市内古墳探索、そしてご褒美の三階松紋も

古墳公開を終え、スカイトレッカーさんと鳥栖市内を探索

稲塚古墳

市内中心部ですが、巨石古墳が残っています。後室は天井石はありませんが、奥壁、側壁とも一枚石。
鳥栖古墳公開 (12) 稲塚古墳


百度塚古墳

がちゃんさんが、”鳥栖の石舞台古墳”と表現されていました。
鳥栖古墳公開 (11) 鳥栖古墳公開

塩塚古墳

石室は開口していません。墳頂には宮地嶽神社が鎮座されています。
塩塚古墳 (4) 塩塚古墳 (6)
 
祠を見て、「こんな所に隠れていることもあるんですよ」と、開いた扉の裏を示すと、何と三階松紋が・・・
塩塚古墳 (3) 塩塚古墳 (2)

今まで見過ごしていましたが、また一つ三階松紋を発見できました。杓子ケ峰古墳群そばの宮地嶽神社と同じ紋様のようです。

その後、東十郎古墳群
東十郎古墳群 (1) 東十郎古墳群 (2)

午前中、探索した古墳  
鳥栖古墳公開 (2) 鳥栖古墳公開 (3)

鳥栖古墳公開 (4) 鳥栖古墳公開 (5)

鳥栖古墳公開 (6) 鳥栖古墳公開 (7)

鳥栖古墳公開 (8) 鳥栖古墳公開 (9)

鳥栖古墳公開 (10) 鳥栖古墳公開 (19)

その他半壊状態の古墳もいくつか・・・   
整理にしばらく時間がかかりそうなので、いずれ・・・

予定外のカメラ。
冬なのに、暖かすぎ、チョットの物音にもビクッ。 
陽射しも撮影を邪魔するし・・・

古墳訪問には、あいにくでしたが・・・

新たな古墳との出逢い。
三階松紋との出逢い。

実り多き1日となりました。

今週末は、久々の楽しみな遠征です。
青春時代に戻ってきます。

こころの眼で・・・  田代太田古墳、ヒャーガサン古墳

鳥栖市の装飾古墳公開

田代太田古墳

スカイトレッカーさんとまたしても遭遇
鳥栖古墳公開 (13)

しかし、心はブルー・・・
午前中、すでに付近の山中で、十数基の古墳に出逢ってきていたものの、古墳用カメラのバッテリーを充電したまま忘れていました。予備バッテリーも・・・
人物、風景専用で、石室内では、役に立たない予備カメラと、まだ心を開いててくれない一眼しか

鳥栖古墳公開 (17)

左袖石の円文と船の一部が何となく   右袖石の騎馬人物
鳥栖古墳公開 (14) 鳥栖古墳公開 (18)

石室を出ると、きゅうーはく女子考古部1期生のがちゃんさんらと、またしても遭遇。珍塚敷古墳の石室内以来。

ここで、がちゃんさんから一言、お言葉をいただきました。 

”こころの眼で見ましたか?”

見たつもりが、心に残ってない・・・

再び、順番を待ち石室内へ。
カメラ撮影よりも、目で見ることに・・・





しかし、目では、やはり見えない。



復元図を見ながら、心の眼に想像して、修正保存しよう。

さて、記念撮影をして、心も晴れやかに、次のヒャーガサン古墳へ

彼女たちは、再び石室へ・・・
こころの眼に焼き付けに行ったのでしょうか?

ヒャーガサン古墳

鳥栖古墳公開 (15)

鳥栖古墳公開 (16)


ここからは、スカイさんと鳥栖市内の古墳を探索。
改心したせいでしょうか、思わぬご褒美が・・・

次回



プロフィール

筑後国造

Author:筑後国造
遺跡、特に古墳、山登り、地図そして高いところが大好き。郷土の先人、筑紫国造磐井様より一部名前を拝借しております。

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