夏は山歩き、秋から春は古墳中心の遺跡巡り。主に筑後地区ですが、いつかは、全国へ・・・

弘化谷古墳 公開

八女郡広川町広川

弘化谷古墳

春の公開です。
弘化谷古墳 (6)

弘化谷古墳

広川町古墳公園資料館のレプリカ
弘化谷古墳 (9)

前日までの雨による湿気の影響でしょうか、今までで一番鮮やかに装飾が見えました。
弘化谷古墳 (8)

弘化谷古墳 (1)

特に、今まではよく見えなかった双脚輪状文の円文がハッキリと・・・
しかし、赤色は退色しているため、緑色の円文部分と右の双脚部分だけですが・・・ 
弘化谷古墳 (4)

弘化谷古墳 (2)

円文
弘化谷古墳 (5)


弘化谷古墳 (7)

肉眼では、もっと明るく鮮明に見えたのですが…

長延久宮津峠古墳

八女郡広川町長延

山の中の現存しているかどうか不明の古墳を、古い地図を頼りに探索へ。
しかし細い山道が途中で藪に覆われ通行不能。
そんな時は、いつものように、ひたすら山頂方向へ斜面を登ります。
予測通り、古墳は見つからず、標高161mの頂上へ。
長延久宮津峠古墳

頂上から、南部方面に下山しながら古墳探索。
すると、登山ルートから少しはずれた所に

長延久宮津峠古墳

封土はなく、石材が散乱しています。
長延久宮津峠古墳 (9)

羨道部分は埋まっています。
長延久宮津峠古墳 (1)

前室らしき所も天井石、側壁も抜かれ埋まっています。
長延久宮津峠古墳 (2)

玄門らしき所がかろうじて残っていますが、下部は埋まっています。
長延久宮津峠古墳 (4)

後室は石材も抜かれ、完全に埋まっています。
長延久宮津峠古墳 (5)

露出した石材
長延久宮津峠古墳 (8)

前室を上から
長延久宮津峠古墳 (3)

そばからは、雲仙普賢岳も望めました。
長延久宮津峠古墳 (10)

下山は別ルートからラクチンでした。

石人山古墳の武装石人

石人山古墳の石棺を守る石人

信仰の対象となっていたため、頭部の磨耗が著しい。
石山 (1)

背中はさらに痛々しい  横から
石山 (2) 石山 (7)

甲冑の一部には、赤色顔料がまだ残っています。
石山 (6) 石山 (4)

久留米の先人 矢野一貞著 の「筑後将士軍談」(1863年)にはまだ、顔の表情や甲冑の詳細が描かれています。
しかし、千年以上保たれた姿が、わずか150年ほどで、ご覧のような現状です。
石人 (1) 石人 (2)


同心円文等の線刻はもう見られません。

石棺、石人を後世に大切に伝えたい石人山古墳です。

石人山古墳の石棺にも・・・

八女郡広川町一条

石人山古墳

弘化谷古墳に熊本地震の影響がありましたが、石人山古墳には別の被害が・・・
石人山石棺 (7) 石人山石棺 (6)

カビが石棺を襲っているようです。以前よりも増えているような・・・  石棺の周辺には測定器が置かれています。
石人山石棺 (1) 石人山石棺 (3)

直弧文に近づいているようにも見えます。 直射日光の影響だそうです。
石人山石棺 (5) 石人山石棺 (4)

以前、公開された時
石人山石棺 (12)

石人山石棺 (8) 

石人山石棺 (9)

石人山石棺 (10)

石人山石棺 (11)

この美しい装飾が永遠に守られますように・・・


弘化谷古墳も・・・

熊本地震の被害がこんな所まで及んでいました。

八女郡広川町広川

弘化谷古墳

亀裂が入っていたので、梅雨に備え、シートがかけられているようです。
石室への影響はないようですが、心配です。
弘化谷古墳 (4) 弘化谷古墳 (3)

昨年秋の公開時   装飾はほとんどわかりません。
弘化谷古墳 (6)

色彩協調しても・・・
弘化谷古墳 (1)

こふんピア広川のレプリカ
弘化谷古墳 (2)

2年前の春公開時。春のほうが見えやすいのですが、今は秋だけの公開になっています。
ピンボケですが、何となく、円文が見えます。
弘化谷古墳 (5)


プロフィール

筑後国造

Author:筑後国造
遺跡、特に古墳、山登り、地図そして高いところが大好き。郷土の先人、筑紫国造磐井様より一部名前を拝借しております。

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