夏は山歩き、秋から春は古墳中心の遺跡巡り。主に筑後地区ですが、いつかは、全国へ・・・

礫山古墳  すべて石枕付き

久留米市御井町

礫山古墳

高良山の車道の途中にあります。紫陽花を期待しましたがありませんでした。
礫山古墳 (13)

岩盤を刳り貫いた盤棺が4基並び、平石の蓋も周りに置かれています。また朱も所々に残っています。
礫山古墳 (7)

礫山古墳 (8)

西側より1号石棺(仮称)  
礫山古墳 (11)

石枕
礫山古墳 (6)


2号石棺
礫山古墳 (5)

石枕
礫山古墳 (3)

3号石棺
礫山古墳 (9)

石枕
礫山古墳 (2)

4号石棺
礫山古墳 (4)

石枕
礫山古墳 (3)

3号石棺は、他と比べ周囲をさらに彫りこみを加え、整えられています。
礫山古墳 (10)

3号石棺が盟主、2号石棺が配偶者、3、4号石棺が子供のようです。
石枕は3、4号がほぼ南枕に対し、1、2号石棺はほぼ北枕。

この違いは何故でしょう?


森山古墳群

久留米市田主丸町地徳

森山古墳群

果樹園の中に複式の横穴式石室を備えた円墳が開口
森山古墳群 (8)

石室入口と共に墳頂に謎の石
森山古墳群 (7)

前室左側壁
森山古墳群 (16)

前室右側壁
森山古墳群 (15)

後室玄門
森山古墳群 (1)

胴張型の石室ですが、奥に行くほど土砂で埋もれています。
森山古墳群 (10)

奥壁の鏡石はほとんど埋もれています。
森山古墳群 (11)

左側壁
森山古墳群 (14)

右側壁
森山古墳群 (13)

後室出口
森山古墳群 (2)

天井部
森山古墳群 (5)

前室出口
森山古墳群 (9)

羨道
森山古墳群 (6)

墳頂にある石は天井石でした。
この石を覆う墳丘を想像すると、かなり大型の古墳のようです。
森山古墳群 (12)

森山古墳群にはもう1基あるはずですが、今回は見つかりませんでした。

冷水川沿いの古墳を探索

今年初の古墳探索。予定外であったため、時間制約があり、適当に山へ。

久留米市田主丸町地徳

文化財マップ、遺跡地図には記載されていないところ。

冷水川沿いの山中へ入り、古墳らしき高まり発見
冷水川沿い (1)

石室入口らしき所に積石 しかし、開口していません。
冷水川沿い (2)

墳丘にもいくつかの石材ご露出。
冷水川沿い (3)

墳頂には、明らかに天井石と思われる石材が露出。
冷水川沿い (4)

元は果樹園らしいのですが、今は藪状態。

今回は短時間でしたので1基しか見つかりませんでしたが、耳納山麓には、遺跡地図に載っていない古墳が相当数ありそうです。

帰りに森山古墳群の横穴式石室へ初もぐりをしました。

飛岳の謎  解決は???

数々の謎を秘める飛岳。

久留米市藤山町飛嶽

飛岳(223.6m) 

飛岳に通じる登山道はすべて自衛隊の敷地内。自衛隊の射撃訓練場として立入禁止の山とはわかっていましたが、、『福岡県無名山301山』に紹介もあり、容易に登れそうな雰囲気。
以前鷹取山結界で取り上げ、その中心付近にある低山です。

年末、年始に登ってみました。

年末、登山道が不明のため、斜面を直接登るしかないと、北側の明星山登山青峰南コースの山頂に一番近そうな所から飛岳へ。

急斜面を登りきるとそこには、フェンスと標識。
飛岳 (4)

フェンス越に飛岳山頂が見えますが近づけません。
飛岳 (5)

樹木の間からは久留米市の中心部が臨めました。
飛岳 (6)

この日は、空気が澄み背振山も見えました。
飛岳 (7)

フェンスは延々と続き、ここで断念。フェンス沿いにあった踏み分けをたどり、下山。しかし、途中でこれもわからなくなり藪漕ぎしながらなんとか麓へ。

年が明け、再び飛岳経由の明星山を計画。
今度は南側の藤山町から挑戦。

いきなり
飛岳 (1)

南側もフェンスが寸分の隙も無く続いていました。結局、360度フェンスに覆われているようです。
文化財マップには、飛嶽山頂遺跡として、「土師器がみつかっています」と記載されているだけです。
飛岳 (9)

しかし、本には、飛岳について紹介されている?

そこで、周辺の、ピークを調査。
すると、飛岳の東400mほどの所に、本に載っていた写真の山頂が。
飛岳 (10)

明星山登山道にもたくさんあった『陸軍』の石標も。
飛岳 (2)

スマホの地図で確認。この山の山名は不明ですが、文化財マップでは、238.3mの標記。
近くに山道もあり、紹介されていた登山の様子と合致。飛岳と誤認されたのでしょう。
飛岳 (11)

それにしても、『陸軍』とは、いつ頃の石標なんでしょうか?

そして、狭い山頂ですが、周囲に明らかに堀切のように削った痕跡。
更に鷹取山結界の中心に近い。『陸軍』も何等かの関与?
またまた、謎が増えてしまいました。

吉木古墳群 8~11号墳

吉木8号墳(旧上諸富4号墳) 

以前は、森の中でよくわかりませんでした。今回も草に覆われていました。
吉木8号墳

様子がわかる季節に撮影したもの
吉木8号墳 (1)

中央が玄門と思われます。
吉木8号墳 (4)


吉木9号墳(旧上諸富2号墳、地蔵尊古墳) 

墳頂には地蔵尊
吉木9号墳 (1)

後室玄門を前室より
吉木9号墳 (5)

奥壁
吉木9号墳 (3)

後室玄門
吉木9号墳 (2)

前室玄門
吉木9号墳 (4)


吉木10号墳(旧上諸富1号墳) 

吉木10号墳 (1)

玄門  袖石もほとんど埋もれています。
吉木10号墳 (4)

右側壁   石室下部は埋まり、左側壁は失われています。
吉木10号墳 (3)

奥壁  埋もれています。この下に腰石があるかもしれません。
吉木10号墳 (2)

吉木11号墳 

最近、古墳であることが調査により判明しました。
吉木11号墳 (1)

墳丘も失われ、内部主体も不明です。
吉木11号墳 (2)

吉木古墳群は整理されましたが、小字名を冠した古墳名が無くなるのも寂しい限りです。

プロフィール

筑後国造

Author:筑後国造
遺跡、特に古墳、山登り、地図そして高いところが大好き。郷土の先人、筑紫国造磐井様より一部名前を拝借しております。

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