夏は山歩き、秋から春は古墳中心の遺跡巡り。主に筑後地区ですが、いつかは、全国へ・・・

石櫃山古墳石棺

石櫃山古墳石棺蓋

先日、スカイトレッカーさんと、石櫃山古墳の石棺蓋を見学にいきました。

幕末の矢野一貞の「筑後将士軍団」に詳細な石棺が記録されています。
石櫃山古墳

その後古墳は消滅。
(久留米市史より)
石櫃山古墳 (12)


現在、石棺蓋の両端部分が残っています。
石櫃山古墳 (8)

石櫃山古墳 (6)

石櫃山古墳 (2)

石棺の内部には、赤く塗られた痕が確認できます。
石櫃山古墳 (7)

環状縄掛突起の痕跡
石櫃山古墳 (1)

妻部の円柱状の縄掛け突起の内1個が残っています。
石櫃山古墳 (4)


石櫃山古墳 (10)

スカイトレッカーさんによると、「くびれ部の曲線が、その延長上に今もその跡が見られる」ということで、さっそく確認に行きました。
石垣がその様子を表していました。
石櫃山古墳 (9)

空襲後の久留米の古墳たち

昭和20年8月11日
久留米の中心部が空襲により、焼け野原になった日です。
久留米市の六ツ門図書館展示コーナーの平和資料展で、久留米空襲後に撮影された航空写真が展示されています。
その中に古墳が写っていました。
空襲後写真 (4)


久留米市大善寺町宮本

銚子塚古墳

全長80mの前方後円墳の形状がわかります。
空襲後写真 (1)

現在は墳丘は消滅。前方部の端か、周濠と思われる部分(緑の部分)
銚子塚古墳 (2)

後円部は住宅に
銚子塚古墳 (1)


久留米市荒木町荒木

鷲塚古墳

全長50~60mの前方後円墳
空襲後写真 (2)

現在は、墳丘は削られていますが、保存されています。前方部
鷲塚古墳 (2)

後円部 出土した埴輪のレプリカ  
鷲塚古墳 (1)


久留米市国分町

石櫃山古墳

全長115mの前方後円墳
空襲後写真 (3)

古墳は消滅していますが、土台と思われる部分の上に病院があります。前方部
石櫃山古墳 (14)

後円部
石櫃山古墳 (13)

後円部から出土した石棺蓋の一部
石櫃山古墳 (5)


写真には、石櫃山古墳の上に隣接して、弘法山古墳も写っています。
円墳と思われますが、写真から見ると、前方後円墳にも見えますが・・・
弘法山古墳

益生田古墳群C群 89~95墳


益生田古墳群C群

89号墳

87号墳の林道を挟んだ南側の森の中にあり、墳丘も確認できます。
益生田89号 (1)

墳頂が陥没し、枯れ木で覆われていました。
益生田89号 (2)


90号墳

88号墳の南西に隣接し、林道により削減され半壊状態。平成22年に調査されています。
益生田90号 (3)

玄室の奥壁と右側壁の一部が残っています。
益生田90 号 (3)

弧を描いた左側壁の下部と思われる石材が残っていますので、胴張型の石室の可能性があります。
益生田90号 (5)

奥壁の裏の、この部分も気になります・・・
益生田90 号 (2)


91号墳

90号墳の南の森の中に墳丘も良好に残存しています。内部主体が楽しみです。
益生田91号


92号墳

89号墳と91号墳の間にありますが、墳丘の高まりはほとんど無し。
益生田92 号


93号墳

南の崖のそばの小さな古墳。
益生田93 号


94号墳

91号墳の南ですが、墳丘も無く石材が散乱しています。
益生田94 号


95号墳

最も高い所にあり、墳丘も残っています。調査報告書では、天井部崩壊tなっていますが、確認できませんでした。
益生田95 号 (1)

石材かな?
益生田95 号 (3)

カメラを差し込んでみると、石室らしき石積み。
益生田95 号 (2)

益生田古墳群C群の内、益永川右岸の83号墳から95号墳を見てみました。発掘調査は終えているものの、調査報告書等を見つけられなかったものもあり、推測の部分も。新たな資料が見つかったら、また・・・
ここから、さらに登った所には、以前紹介した美しい石室の108号墳もあります。

益生田古墳群C群 83号墳~87号墳+α?


益生田古墳群C群

平成27年の発掘調査により、4基の古墳に筑紫大地震(678年)の影響が見られたということです。
その4基は発掘中の画像の一番上の88号墳、すぐ右下の85号墳、左下の87号墳、そして85号墳の右下の古墳だと思われます。平成22年の調査報告書には載っていなかったので号数は不明です。

益生田88号墳 (1)

未調査の古墳も含め整理したいと思います。

83号墳
87号墳の右下辺りで、削減され消滅


84号墳
88号墳の右上辺り。墳丘は消滅し、石材が散乱しています。
益生田84号 (2)


85号墳
半壊状態
益生田85号 (2)

天井部が削られています。
益生田85号 (1)

石室の石材が一部残っています。
益生田84号 (1)


86号墳
84号墳の上(画像外)。平成22年に調査されています。
墳丘は消滅しています。
益生田86 号 (1)

石室の石材が残っています。
益生田86 号 (2)


87号墳
益生田87 号 (2)

墳頂部に石材が残っています。
益生田87 号 (1)

墳丘の裾にも石材が散乱しています。
益生田88号墳 (4)



?号墳
墳丘は無く、平成22年の調査時には古墳と認識されていなかったようです。
益生田85号 (4)

益生田古墳群C群 88号墳

久留米市田主丸町益生田

益生田古墳群C群


88号墳

この古墳は、筑紫大地震の影響と思える遺構が残っていました。

径16~18mの円墳で、現在は埋め戻されています。
益生田88号墳 (5)

益生田88号墳 (3)


久留米市の文化財保護課の報道資料や、”大地に残る地震の爪あと”展の資料によると

発掘の様子  中央上部が88号墳
益生田88号墳 (1)

益生田88号墳 (6)

筑紫大地震により、石室入口の玄門と壁面が右手(山側)に大きく傾く
益生田88号墳 (7)

益生田88号墳 (9)

益生田88号墳 (8)

崩れた古墳の石材に押し潰された土器
益生田88号墳 (2)

調査報告書等は、まだ見てませんので詳細はまだ確認できていません。
プロフィール

筑後国造

Author:筑後国造
遺跡、特に古墳、山登り、地図そして高いところが大好き。郷土の先人、筑紫国造磐井様より一部名前を拝借しております。

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